事件現場はロス郊外にある空き家だった。

 周辺は赤いサイレンが鳴り響き、騒然としていた。何台ものパトカーと消防車が何重にも連なって空き家を囲んでいる。少し離れた位置から立ち入り禁止のロープが張られ、その間を警官や消防士、さらに「FBI」と記されたジャケットを着ている人間たちが行き来している。ロープの周りにもマスコミの白いヴァンが停車し、マイクを持ったレポーターがカメラに向かって喋っていた。

「……警察の発表はまだですが、我々が入手した情報によりますと、爆弾テロの可能性が高いようです……」

 トラヴィスとミリアムは交通規制を通り抜け、空いている場所に車を止めると、急いで向かった。立ち入り禁止のロープを越えて、身分証明書を提示しながら近づいてゆく。パトリックとジェレミーがすでに到着していた。

「リック! あのマスコミは何ですか!」

 ミリアムがニュースの中継現場を睨みながら、パトリックに食ってかかる。

「彼らに、匿名の電話がかかってきたらしい」

 少年の声でね、とつけ加える。

「今、爆弾処理班が中を片付けている」

 トラヴィスはトレンチコートのポケットに両手を入れて、大勢の関係者が入り乱れている現場を見た。空き家があったという場所には、粉々に砕けた家の残骸があるだけだ。

「死者と怪我人は?」
「どちらもいない」

 ジェレミーが素っ気なく答えた。 

 トラヴィスは爆破された家をじっと眺めながら、ポケットから右手を出して、後ろの首筋を撫でた。何か、妙に感じた。

「今回は本当の爆破だった」

 パトリックが三人に説明する。

「これで、ますますこの事件の特異性が深まった」

 特異性、との言葉に、トラヴィスは自分が妙に感じる原因がわかった。

「確かに、これは普通ではありません」

 ジェレミーも自分の考えを肯定する証拠を掴んだかのように、空き家の残骸を見ている。

「これが犯人にとってのテロ行為であれば、前回同様に失敗でしょう」
「そう、人が傷つき死んでこそテロだ」

 パトリックの傍らでミリアムは頷く。

「前回のガス爆発、今回の爆破。いったい犯人は何が目的なのだろう?」
「ガキどものイタズラですよ」

 トラヴィスはパトリックを振り返って断言した。

「洟垂れのくそガキどもが、遊んでいるんだ」
「冒険のためにか?」

 トラヴィスは馬鹿にした声の主を凄んで睨みつけた。

「世間を巻き込んだこんなスリルな冒険なんて、めったに楽しめないだろう?」
「その代償が、刑務所行きでもか?」
「お前が捕まえられればな」

 ジェレミーはトラヴィスの皮肉を、鼻で受け流した。

 パトリックは場を収拾するように、先に立って離れる。

「この空き家の所有者を調べなければならないが、ここは市警に任せよう。私はそれぞれの報告を聞きたい」



 深夜、ロス市内にあるホテルへ帰ってきたトラヴィスとミリアムは、フロントで部屋のキーを受け取ると、エレベーターに乗り込み、二階と三階にあるそれぞれの部屋へと向かった。三階に割り当てられたのはトラヴィスで、キーを差し込み、部屋へ入ってドアを閉めると、疲れたように息をついた。

 ロス支局へ戻り、パトリックへの報告を終えたのがつい先程である。その席で他の報告も聞いたが、一体何故このような事件を起こすのかという理由に関しては、手がかりすら掴めていなかった。

「今までは予行で、これからが本番なのかもしれない」

 パトリックは徐々に過激になってゆく可能性を憂慮していた。

 トラヴィスは鼻を鳴らした。俺の勘はガキのイタズラだと訴えている。あのFBI宛てのフォルダ。誰が作成したのかは、まだ不明だ。だが、もし当人たちであるならば、何の意図をもってパソコン内に残したのだろう。

 ――ふざけたメッセージだ。

 トラヴィスは嫌そうに表情をしかめた。このイタズラに悪ノリしている馬鹿野郎がいるのかもしれないと思った。

 その時、室内に灯りがついているのに気がついた。コートを脱ごうとしていたトラヴィスは、とっさに物陰に身を隠す。だが、灯りの下でソファーに座っている男の姿を確認すると、何だというように声をかけた。

「脅かすな」

 そこにいたのはジェレミーだった。

「お前の寝る場所はここじゃないだろう。どうやって不法侵入したんだ?」
「勿論、ドアマンに鍵を開けてもらったんだ」

 同じ三階の違う部屋にチェックインしたはずのジェレミーは、ぬけぬけと言い返す。

「遅かったな、トラヴィス」

 ジェレミーはコートと上着を脱ぎ、横の背もたれにかけて、ネクタイも緩めた姿で寛いでいた。手には、室内にある酒を注いだと見られるガラスのコップを持っている。

「俺はお前と違って真面目なんだ」

 コートを脱いでジェレミーの隣に放り投げると、トラヴィスは髪をかきあげる。

「そうだな」

 ジェレミーはトラヴィスの服装を眺めながら、からかった。

「確かに私はお前ほど真面目じゃない。なにせ、善良な市民からクレームもこないからな」

 トラヴィスは憤然と言い返した。

「あの婆さん、俺のことを胡散臭いチンピラだと言ってきたんだぜ!」
「仕方がない。実際に胡散臭いだろう?」

 ジェレミーの声には、笑いが含まれている。

「ミリアムと同じこと言いやがって。このくそったれめ」

 トラヴィスはちょっと前にロス支局で別れた捜査官を、子憎たらしそうに睨みつけた。しかし今日日中に言い争った時とは、明らかに様相が違う。

「トラヴィス」

 ヴェレッタ捜査官とはそりがあわないらしいと本部では密かに噂になっているジェレミーは、口をひん曲げている捜査官の名前を愉快げに呼んだ。

「とりあえず、シャワーを浴びてこい」
「了解」

 トラヴィスはぶちぶちと文句を言いながらも、バスルームへ向かう。服を手早く脱ぎ、透明なガラス戸を閉めて、シャワーのスイッチをひねった。勢いよく温かい水が吹き出て、全身をくまなく濡らす。

 トラヴィスは疲れた体の汚れを落とし、顔を何度も両手で洗った。

 そのうちに、バスルームへ向かってくる足音がして、閉じられていた戸があっさりと開いた。

「洗ってやろうか」

 ジェレミーだった。いつのまにスーツを脱いだのか、裸体である。

 だがトラヴィスは慌てるどころか、その見事な肉体を見ると、濡れた口元で笑った。

「今日も説教か?」
「そうだ」

 ジェレミーはバスルームに足を踏み込むと、後ろ手でガラス戸を閉めた。

「お前をたっぷりと説教してやる、ベッドの上でな」 

 トラヴィスの顔を両手で抱き込むと、馴れた手つきで引き寄せ、唇に熱くキスをした。