FBI連邦捜査官 file 1 Liar

「撃たないで!」

 とっさに引き金を引こうとした瞬間、少年の切迫した叫びが押し止める。

「誰だ!」

 トラヴィスは銃口を下ろさないで、その少年を睨みつけた。

 少年はゆっくりと両手をあげる。金髪、青い瞳、白い肌。まだ幼い顔立ち。どこかで見た覚えがある。

「……レイジー?」

 少年は疲れきった顔で、うんと頷いた。

「……一人か?」

 その時だった。

 トラヴィスは自分の後頭部に、何か硬いものが押しつけられるのを感じた。

「……ごめんなさい」

 レイジーがすまなそうに謝る。

「銃を捨てろ」

 男の緊迫した声。

 トラヴィスは言われたとおりにした。銃は派手な音を立てて、足元に落ちる。

 背後にいた男が、それを足で遠くに蹴った。

「手をあげろ!」

 トラヴィスは無言で両手を頭の高さまであげた。

「そのまま壁まで歩け!」

 後頭部に銃口を感じながら、命じられるままに階段沿いの壁まで進む。

「膝をつけ!」 

 トラヴィスは壁に向かって腰を下ろし、膝をついた。

「レイジー、来い!」
「待って、その人はFBIだよ! 手荒なことはやめて!」
「いいから来い!」

 トラヴィスの後頭部を烈しい一撃が見舞った。さらに、数回、乱暴に殴りつけられる。

 トラヴィスは呻いた。仰向けに倒れそうになるのを、後ろから靴で壁に強く押しつけられる。

「早くしろ!」

 怒鳴りつける言葉に交じり、レイジーの泣き声がした。

 トラヴィスの両手が後ろ手にされ、縄で縛りつけられる。足で激しく蹴られ、その場に崩れ落ちた。

「……ハムザ・アル・アブドュル……だな……」

 切れた唇で呟いた。

 中東系の顔立ちをしている青年は、自分を睨み上げているトラヴィスを、憎悪を込めて見下ろす。

「お前たちは薄汚い連中だ! 大勢のイスラム教徒を殺している犯罪者だ!」

 銃をまっすぐに突きつける。その空っぽの銃口を見つめ、トラヴィスは馬鹿にしたような笑いを浮かべた。

「……その薄汚い国で、自由に育ったんだろうが……」

 トラヴィスは苦しげに仰け反った。ハムザは革靴の踵で、何度もトラヴィスの頭を蹴った。

「やめて! 死んじゃう!」

 レイジーはハムザの足に後ろから抱きついた。

「人を殺せば殺人罪に問われちゃうよ! そうなったら、もう終わりだよ!」
「うるさい! お前は俺の言うとおりにしていればいいんだ!」

 レイジーを振り払って、再び銃を構える。

 トラヴィスはうつ伏せになった状態で、頭の痛みに眩暈がしながら、荒く息をついた。頭の皮膚が切れて出血しているのがわかる。唇も切れた。瞼も切れて、血が目に滲む。全身も痛い。

 くそったれ。トラヴィスは口の中で血を味わいながら、悪態をついた。不注意だった。まさかレイジーがあんな形で自分の前に現れるとは……

「アメリカ人はみんな地獄に堕ちてしまえ!」

 ハムザの絶叫が聞こえる。「やめて!」とレイジーの悲鳴が重なる。 

 突然、銃声が轟いた。

 トラヴィスはぼやける視界で、ハムザが悲鳴をあげて、右肩を押さえながら倒れ込んだのを見た。肩からは、大量の血が吹き出ている。

 その背後で、玄関のドアが開いていた。一瞬ミリアムかと思ったが、銃を向けていたのはジェレミーだった。

 ジェレミーは油断なくハムザに近寄ると、落とした銃を拾う。後から来たヒースに手渡し、うつ伏せに倒れているトラヴィスの傍らで片膝をついて、銃を下ろした。

「大丈夫か」
「……ああ、口は聞けるぜ」

 トラヴィスは口の中に溜まった血を吐き出した。ジェレミーはそれを目にとめる。

「無茶をするな」

 トレンチコートの内側からナイフを取り出し、手際よく縄を切る。手首の内側に食い込んでいた戒めは、すぐに解けた。

 トラヴィスはジェレミーの助けを借りて、ゆっくりと起きあがる。まだ頭はひどく痛み、眩暈がひどい。しかしジェレミーの手がしっかりとトラヴィスの体を支えていて、なんとなく安心した。

「大丈夫か?」

 横からヒースも声をかける。

「ひどい男前になったな。これが自分を助けに来た恋人だったら、首にすがりついてキスしまくるところだ」

 トラヴィスは喉の奥で小さく笑った。まったく、そのとおりだと思った。人目がなかったら、ジェレミーと抱き合って、キスしているところだ。

 前方で甲高い声があがった。ハムザが突入してきた警官と救急隊員らの手で、ストレッチャーに乗せられて連行されてゆく。それを床にへたり込んで見守るレイジー。呆然としている。

「ミリアムが……」

 トラヴィスが言いかけた時、パートナーの急いだ声が聞こえてきた。

「誰か手伝って!」

 ヒースがすぐに奥へと走ってゆく。

「早くこの家から逃げて! 爆発するわ!」

 ジェレミーは素早くトラヴィスの肩に腕をまわして、立ち上がらせた。

「全員、退避しろ! 爆弾が仕掛けられている! 急いで逃げろ!」

 突入してきた警官たちが我先に駆け出す。レイジーも連れて行かれ、ジェレミーもトラヴィスを引きずっていく。

 トラヴィスは肩越しに振り返った。奥から、ヒースとミリアムが走ってくる。ヒースは背中にアンジェラを背負っている。

「早く! もう時間がないわ!」

 四人は、ほぼ同時に家を出た。

 その次の瞬間、爆発した。