FBI連邦捜査官 file 1 Liar

 再びエンジンを全開にした車の中で、ミリアムの携帯が鳴る。

「ハロウ、ウィリアムズ」

 トラヴィスは運転に注意しながら、ちらっと視線を投げた。おそらく、支局からだろう。

「ええ……はい……わかりました。今トラヴィスと向かっています」

 わずか数秒で携帯を切ると、ミリアムは厳しい表情になっていた。

「今朝の男が自供したわ。名前はアビド・シャヒーン。クウェート人で、イラク戦争で知り合いになったバーンズワース大佐に会いに来たそうよ。そこでレイジーと会って、ハムザを紹介されたらしいわ。彼はガス爆発をしたビルの管理人で、ハムザと一緒に事件を起こしたけれど、ハムザに強制されて言われたことをしただけだと主張しているわ」
「どうして今頃出頭してきたんだ?」
「アシュリーが逃げ出したことと、そのことでレイジーがハムザに殺されるかもしれないことに怖くなったんですって。レイジーの救出も訴えているわ」
「素人は素人の世界にいろよ」
「黙って。今朝ハムザはレイジーだけを連れて出かけたそうよ。シャヒーンはレイジーから、ここへ出頭するように言われたんですって。弁護士もついて、取引を申し出ているわ。リックは受けるつもりよ。担当の検事に掛け合っているわ」
「つまり司法取引か」
「そうよ」

 トラヴィスは仕方がないとはいえ、取引の類は好きではなかった。罪を犯した者は、きちんと裁かれるべきだと思っている。

「俺たちにハリウッドアクションを仕掛けたのも、そいつらか?」
「ええ、銃を撃ったのはハムザよ。その車にレイジーも乗っていたそうよ」
「くそったれが」

 汚く罵って、ハンドルを右に回した。バーンズワース家に続く通りに出る。

「ジェレミーとヒースも向かっている。市警からも援護が来るわ」
「ハムザは、小僧と婆さんを人質にして立てこもる気か?」
「そうかもしれないわね」

 ミリアムは硬い表情で頷く。

「早く行きましょう。嫌な予感がするわ」

 トラヴィスはさらにスピードをあげた。

 やがて、バーンズワース家の前に到着した。記憶にあるオリーブ色の家。茂みに覆われた庭。最初訪問した時には空っぽだったガレージには、車が見える。黒い装甲の車。自分たちを襲った車だ。

 トラヴィスは道路の先を見た。少し離れたところに、リサの言うとおり大きな木がある。

『男とキスをしていたのよ!』

 二人は銃を抜いて、車から出た。

 家の周囲に人影はない。銃を構えながら慎重に家のドアまで近づくと、二人は目で合図しあい、ミリアムは家の背後へと回った。

 トラヴィスはドアにすり寄り、ドアノブを掴む。息を整え、間を計ってから、ドアをこじ開けた。

 開けると同時に、すぐに銃を構える。この間と変わらぬ室内の風景。すぐ手前に二階へあがる階段があり、奥はダイニングルームになっている。その隣は、二人がアンジェラと対面した部屋だ。

 トラヴィスは息をひそめて、神経を極度にまで高めながら、一歩ずつ歩いた。家の中は静まり返っている。人の気配がしない。だがどこからか、人の話し声だけは聞こえてくる。雑音交じりの笑い声。リビングルームの方からだ。

 足音を消しながら、リビングルームのドアの脇に体を寄せた。透明なガラス張りのドアは少しだけ開いていて、中が見える。オフホワイトのテーブルにダークグリーンのソファー。花柄のマグカップが一つ置いてある。

 トラヴィスは音を立てないように、ドアを開けた。警戒しながら、中へ入る。テーブルの前にあるテレビには映像が映っていた。白人の中年女性が司会を務めるバラエティショー。オーディエンスの笑いが不自然に起こっている。

 マグカップを手に取った。コーヒーが入っている。まだ温かい。

 誰もいないことを確かめてから、リビングルームのドアを閉めた。

 トラヴィスは銃を構え直し、ダイニングルームを通り過ぎて、隣の部屋の前に忍び寄る。アンジェラの部屋のドアは固く閉じられていた。

 ドアに耳を寄せ、室内の様子を探る。それから、一気に開けた。

 銃口を向けて、素早く室内を見渡す。フローリングの床に横たわる手足が見えた。

「婆さん!」

 アンジェラ・バーンズワースがうつ伏せになって倒れていた。

 トラヴィスはドアを閉めてすぐさま駆け寄り、抱き上げる。アンジェラは血の気が失せた顔で、目を閉じていた。怪我はしておらず、血も流れていない。脈を量ると、弱々しいが切れてはいない。気を失っているようだ。

 安心したように息をついて、両腕で抱きかかえると、ベッドに寝かした。外へ連れていきたいが、アンジェラを襲った犯人がどこに潜んでいるかまだわからない状況では危険である。ミリアムが来てくれるといいが――そう思った時、廊下から小さな金属音が聞こえた。

 トラヴィスは閉め切られたドアを強く見据えた。銃を持ち直し、ドアに耳を添えて外の気配をうかがう。

 音はしない。

 アンジェラの様子を確かめてから、意を決めて、ドアを開けた。すぐに周囲を警戒し、部屋を守るようにして立つ。

「FBIだ!」

 怒鳴り声が空気を震わせた。

 再び、音がした。

 トラヴィスは息を呑みながら、その音がした方へ近づく。

 ――誰だ。

 階段の側まで来た。すると、階段からトラヴィスの前に黒い影が落ちてきた。