宿泊しているホテルに帰ったトラヴィスは、まず一番にシャワーを浴びた。頬のガーゼや腕の包帯も取って、頭のてっぺんから足の裏まで隈なく熱い湯を浴びる。傷口はズキズキと痛んだが、身体のあちこちに疲れが溜まっていて、それらをシャワーの湯と一緒に排水溝に流すと、バスタオルで全身を拭いてから腰に巻き、頭からタオルをかぶってバスルームを出た。
サイドテーブルにあったタバコを取って、ライターで火をつけようとした時、部屋がノックされた。トラヴィスはタバコとライターをサイドテーブルに投げ落とすと、面倒そうにドアを開ける。
そこにいたのはジェレミーだった。
トラヴィスは思わず後退った。
「何の用だ」
威嚇するように言葉を投げつけるが、ジェレミーは無視して、ドアを閉めて鍵をかけた。そしてトラヴィスの剥き出しの腕を掴むと、部屋の中へ強引に引っ張って行く。
「やめろ!」
トラヴィスはジェレミーの手を乱暴に振りほどいた。
ジェレミーはソファーの横に立つと、顔色変えずに振り返った。上着もネクタイもなく、着替えないでそのままやって来た様子だった。
「さっきの言葉は何だ」
開口一番、ジェレミーは言った。静かな声だった。
「お前が怪我をしたというのに、それが私の人生に何の支障もないのか?」
「そんなこと、俺が知るか」
トラヴィスはわざと投げやりに答えた。
ジェレミーの眼差しが、犯罪者を震えあがらせるほどに眼光鋭くなる。
「私に八つ当たりをするな」
「八つ当たりなんかしていない」
「お前は子供だ」
ジェレミーは容赦なく言った。
「私が情報を伝えなかったのが、それほど気に喰わないのか」
トラヴィスは頭にかけたタオルで髪や顔を拭いた。頬や腕の傷が痛む。それが今日の出来事を否応なしに思い出させてくれる。
「答えろ、トラヴィス」
「……ああ、気に喰わないと言えば、気に喰わない」
――違う。
だが、トラヴィスはジェレミーの言葉に引きずられるように反抗した。
「俺たちにも報告してくれていたら、今日のことも違うアプローチができたかもしれない。お前がしたことは、捜査の妨害だ」
「確証が取れたら、きちんと伝えるつもりだった」
「何の確証だ? だいたい、お前は何のつもりで俺たちの捜査に出しゃばって来たんだ。エリートならエリートらしく本部にいろ!」
――違う!
トラヴィスはまるで逃げるように顔を背けた。俺は何に苛立っているんだろう?
ジェレミーは別段傷ついた表情もしなかった。その態度は、まるで子供の駄々を聞いているようだった。
「トラヴィス」
やや待って、ジェレミーはトラヴィスの前に立つと、頭のタオルを取って、両頬に手をすべらせた。
「派手なカーチェイスの末に傷を負ったと聞いて、私が心配しなかったと本気で思っているのか?」
その手は生々しかった。
トラヴィスは微動だにしないで、ジェレミーをまっすぐに見つめる。まるで頬に触れる手が魔法をかけたかのように、身動き一つしない。
「……悪かった」
やがて、小さく呟いた。
今まで堪えていたものがあふれ出るように、二人は互いの身体を抱きしめあうと、激しく唇を重ねた。舌を入れ、舐めまわすように愛撫し、何度も何度もキスを交わす。
ジェレミーの手がトラヴィスの背中をすべり、腰に巻いてあったバスタオルを取ると、そのまま足元に落とした。
「――どうして欲しい?」
トラヴィスの耳たぶをぺろりと舐めて、耳元で優しく囁く。
「私にどうして欲しい?……」
トラヴィスは仰け反って呻いた。
「……抱いてくれ」
トラヴィスが眠ったのを確かめると、ジェレミーは身体を起こした。足元に追いやっていたコンフォーターを胸元まで引っ張りあげ、自分もその隣で横になった。
トラヴィスは規則的な寝息を立てている。抱いている間、ずっと聞いている方が感じてしまうような声をあげていた当人とは思えないような健康さだ。毎回終えるたびに思うのだが、この変わりようは何なのだろう?
――それがトラヴィスの魅力だ。
ジェレミーはトラヴィスの寝顔を見つめた。もう二十代も後半なのに、十代の少年のように無邪気に寝入っている。この寝顔がトラヴィスを抱くのと同じくらいジェレミーは好きだった。
トラヴィスを愛し続けていた自分の身体も、まだ熱が抜け切れていない。時計を見れば、だいぶ没頭していたようだ。身体の疼きが鎮まってから部屋へ戻ることにして、しばらくトラヴィスの寝顔を眺めることにした。
――まったく厭きない男だ。
ジェレミーは苦笑した。人前では平気で人を詰るくせに、二人きりになると子供のようにやんちゃになり、ベッドの上では猫のように甘えてくる。
トラヴィスを起こさないように腕を伸ばして頭を抱くと、軽くキスをした。あれだけ抱いたのに、まだ満足していない自分に笑うしかなかった。
それにしても――恋人の変わらない匂いを感じながら、今回はいつにもまして変だと思った。
ジェレミーはロサンゼルスへ捜査をしに来てからのトラヴィスの様子を、注意深く観察していた。どうも日増しに苛立っている。それは不可解な事件に加え、自分も捜査に協力しているのが気に入らないからだろう。しかし、それだけではないことを薄々だが察していた。
――おそらく、少年が関っているからだ。
トラヴィスが両親を亡くした時と同じ年代の少年たちが。だから昔の記憶が甦り、冷静さを欠いているのかもしれない。
ジェレミーのブルーアイズが、不意に鋭くなる。アシュリー・グラハムは、何の変哲もない少年だった。もう一人、レイジー・バーンズワース。写真で見る姿は、アシュリー同様に平凡な一五歳の少年だった。しかしその十代の印象と現実の行為は、ひどくちぐはぐで噛み合わない。
――おそらくトラヴィスは、その違和感に不信感を抱いている。
今日ロス市警へ連れてこられた少年も思い浮かべた。兄が爆破事件に関っているかもしれないと証言した弟は、まるでテレビドラマに出演しているかのような振る舞いだった。
――何が目的なのか。
これは子供のイタズラだと、トラヴィスは主張した。それも一つの正解だろうと考えた。だが、それだけではない。
ジェレミーはまたキスをする。
今夜話しそびれたことがあった。明日それを耳にしたら、トラヴィスは「くそったれ!」と自分を詰ってくるに違いない。そう思うと、また苦笑が洩れる。
――お前は私がどれほど想っているのか、わかっていない。
ジェレミーはまだ物足りないというように、深くキスをする。
トラヴィスは小さく寝息をついた。
全く、わかっていない……
サイドテーブルにあったタバコを取って、ライターで火をつけようとした時、部屋がノックされた。トラヴィスはタバコとライターをサイドテーブルに投げ落とすと、面倒そうにドアを開ける。
そこにいたのはジェレミーだった。
トラヴィスは思わず後退った。
「何の用だ」
威嚇するように言葉を投げつけるが、ジェレミーは無視して、ドアを閉めて鍵をかけた。そしてトラヴィスの剥き出しの腕を掴むと、部屋の中へ強引に引っ張って行く。
「やめろ!」
トラヴィスはジェレミーの手を乱暴に振りほどいた。
ジェレミーはソファーの横に立つと、顔色変えずに振り返った。上着もネクタイもなく、着替えないでそのままやって来た様子だった。
「さっきの言葉は何だ」
開口一番、ジェレミーは言った。静かな声だった。
「お前が怪我をしたというのに、それが私の人生に何の支障もないのか?」
「そんなこと、俺が知るか」
トラヴィスはわざと投げやりに答えた。
ジェレミーの眼差しが、犯罪者を震えあがらせるほどに眼光鋭くなる。
「私に八つ当たりをするな」
「八つ当たりなんかしていない」
「お前は子供だ」
ジェレミーは容赦なく言った。
「私が情報を伝えなかったのが、それほど気に喰わないのか」
トラヴィスは頭にかけたタオルで髪や顔を拭いた。頬や腕の傷が痛む。それが今日の出来事を否応なしに思い出させてくれる。
「答えろ、トラヴィス」
「……ああ、気に喰わないと言えば、気に喰わない」
――違う。
だが、トラヴィスはジェレミーの言葉に引きずられるように反抗した。
「俺たちにも報告してくれていたら、今日のことも違うアプローチができたかもしれない。お前がしたことは、捜査の妨害だ」
「確証が取れたら、きちんと伝えるつもりだった」
「何の確証だ? だいたい、お前は何のつもりで俺たちの捜査に出しゃばって来たんだ。エリートならエリートらしく本部にいろ!」
――違う!
トラヴィスはまるで逃げるように顔を背けた。俺は何に苛立っているんだろう?
ジェレミーは別段傷ついた表情もしなかった。その態度は、まるで子供の駄々を聞いているようだった。
「トラヴィス」
やや待って、ジェレミーはトラヴィスの前に立つと、頭のタオルを取って、両頬に手をすべらせた。
「派手なカーチェイスの末に傷を負ったと聞いて、私が心配しなかったと本気で思っているのか?」
その手は生々しかった。
トラヴィスは微動だにしないで、ジェレミーをまっすぐに見つめる。まるで頬に触れる手が魔法をかけたかのように、身動き一つしない。
「……悪かった」
やがて、小さく呟いた。
今まで堪えていたものがあふれ出るように、二人は互いの身体を抱きしめあうと、激しく唇を重ねた。舌を入れ、舐めまわすように愛撫し、何度も何度もキスを交わす。
ジェレミーの手がトラヴィスの背中をすべり、腰に巻いてあったバスタオルを取ると、そのまま足元に落とした。
「――どうして欲しい?」
トラヴィスの耳たぶをぺろりと舐めて、耳元で優しく囁く。
「私にどうして欲しい?……」
トラヴィスは仰け反って呻いた。
「……抱いてくれ」
トラヴィスが眠ったのを確かめると、ジェレミーは身体を起こした。足元に追いやっていたコンフォーターを胸元まで引っ張りあげ、自分もその隣で横になった。
トラヴィスは規則的な寝息を立てている。抱いている間、ずっと聞いている方が感じてしまうような声をあげていた当人とは思えないような健康さだ。毎回終えるたびに思うのだが、この変わりようは何なのだろう?
――それがトラヴィスの魅力だ。
ジェレミーはトラヴィスの寝顔を見つめた。もう二十代も後半なのに、十代の少年のように無邪気に寝入っている。この寝顔がトラヴィスを抱くのと同じくらいジェレミーは好きだった。
トラヴィスを愛し続けていた自分の身体も、まだ熱が抜け切れていない。時計を見れば、だいぶ没頭していたようだ。身体の疼きが鎮まってから部屋へ戻ることにして、しばらくトラヴィスの寝顔を眺めることにした。
――まったく厭きない男だ。
ジェレミーは苦笑した。人前では平気で人を詰るくせに、二人きりになると子供のようにやんちゃになり、ベッドの上では猫のように甘えてくる。
トラヴィスを起こさないように腕を伸ばして頭を抱くと、軽くキスをした。あれだけ抱いたのに、まだ満足していない自分に笑うしかなかった。
それにしても――恋人の変わらない匂いを感じながら、今回はいつにもまして変だと思った。
ジェレミーはロサンゼルスへ捜査をしに来てからのトラヴィスの様子を、注意深く観察していた。どうも日増しに苛立っている。それは不可解な事件に加え、自分も捜査に協力しているのが気に入らないからだろう。しかし、それだけではないことを薄々だが察していた。
――おそらく、少年が関っているからだ。
トラヴィスが両親を亡くした時と同じ年代の少年たちが。だから昔の記憶が甦り、冷静さを欠いているのかもしれない。
ジェレミーのブルーアイズが、不意に鋭くなる。アシュリー・グラハムは、何の変哲もない少年だった。もう一人、レイジー・バーンズワース。写真で見る姿は、アシュリー同様に平凡な一五歳の少年だった。しかしその十代の印象と現実の行為は、ひどくちぐはぐで噛み合わない。
――おそらくトラヴィスは、その違和感に不信感を抱いている。
今日ロス市警へ連れてこられた少年も思い浮かべた。兄が爆破事件に関っているかもしれないと証言した弟は、まるでテレビドラマに出演しているかのような振る舞いだった。
――何が目的なのか。
これは子供のイタズラだと、トラヴィスは主張した。それも一つの正解だろうと考えた。だが、それだけではない。
ジェレミーはまたキスをする。
今夜話しそびれたことがあった。明日それを耳にしたら、トラヴィスは「くそったれ!」と自分を詰ってくるに違いない。そう思うと、また苦笑が洩れる。
――お前は私がどれほど想っているのか、わかっていない。
ジェレミーはまだ物足りないというように、深くキスをする。
トラヴィスは小さく寝息をついた。
全く、わかっていない……



