放課後の将棋部部室は、昨日とは少し違っていた。窓の外には、低く垂れた夕日の光が差し込み、木の机や将棋盤に赤く反射している。湊は盤の前に座り、手元の駒を静かに動かしていた。

「お、今日もいるじゃん、湊」
部室のドアが勢いよく開き、陽真が元気よく入ってきた。
「昨日の続き、やろうぜ!」

湊は一瞬戸惑う。昨日の初対局で胸の奥がざわついた感覚が、まだ残っていたのだ。
「え、ええっと…今日は、少しだけ…」
「少しじゃなくて、本気でいこうよ!」陽真は笑顔を弾ませ、駒を前に置く。

部室の奥で白鳥は静かに微笑む。
「…湊、お前、昨日より緊張してるな」
「いや、少し…」湊は小声で答え、盤を睨む。

西園寺も入り口近くで目を輝かせていた。
「先輩、今日はどんな勝負になりますか?」

湊は深呼吸をひとつ。手のひらが少し汗ばんでいることに気づく。
「…わかりました、やってみます」
「よっしゃ! やっと本気の湊を見る時が来たな!」陽真は駒を握り、先手を取った。

盤上では、昨日の初対局の感覚が蘇る。陽真の攻めは大胆で、守りを重視する湊は一瞬戸惑う。桂馬を跳ねる音、角が斜めに進む音。盤上の駒が二人の性格を映し出しているようだった。

「ここで歩を取るか…いや、守るか…」湊は唇をかむ。
「迷ってるじゃん! 守りもいいけど、攻める瞬間が面白いんだよ!」陽真は笑いながら駒を動かす。

白鳥は背後から静かに観察する。
「…この子、湊の心をしっかり揺さぶってるな」

西園寺も小さく頷く。「先輩、表情が変わってます! 本当に楽しそうです!」

湊は一瞬、攻めに転じた。駒を前に押し出し、角のラインを意識する。
「…この一手で…」心臓が高鳴る。初めて勝ちたいという気持ちが湊の中に芽生えた瞬間だった。

陽真は目を輝かせる。「やっと来たな、その手! 面白くなってきた!」

盤上の緊張は、二人の間の空気をも揺らした。息をする音、駒を置く音、笑い声――すべてが交錯し、静かな部室は生き生きと動き出す。

「湊、お前…本気出してきたな」陽真は駒を前に進め、少し照れた笑顔で言う。
「…うん、少しだけ…」湊は視線を下げ、駒を置く。

昼休み、二人は机を並べて短い将棋を指す。教室の窓から差し込む光が、二人の距離をほんの少し縮めた。
「今日も勝負だ!」陽真は勢いよく駒を握る。
「えっと…でも、勝つことで誰かを傷つけたくないんだ」湊は静かに返す。

陽真は目を細め、真剣な表情になる。「逃げてるだけじゃないか? 本気でやった方が意味があるんだ」

その言葉に湊は胸が熱くなる。自分の心が少しずつ解きほぐされる感覚。守るだけではなく、攻める勇気が芽生え始めていた。

放課後の部室に戻ると、二人は長めの対局を始める。湊は守りを重視していた昨日と違い、自分から攻めに転じる。
「やっと本気を出したな!」陽真は笑顔で駒を置く。
「…うん、少し勇気を出してみた」湊は照れながら返す。

その後、二人は校内を歩きながら話をする。コンビニに立ち寄り、帰り道では学校の屋上に座ってお互いの将棋観を語る。
「陽真といると、時間があっという間だ…」湊は心の奥でつぶやく。
「俺もだよ、湊。君といると、本気で楽しめる」陽真は笑顔で答える。

白鳥は遠くから二人の様子を静かに見守る。
「二人とも…これからが楽しみだな」

西園寺も小声で感嘆する。「先輩たち、すごく輝いてます!」

陽真はふと、過去の影を口にする。「…実は、前の学校では、勝つことばかりにこだわって、友達を傷つけちゃったんだ」

湊は驚きつつも真剣に聞く。「…そうだったんですか」
「でも、湊となら…逃げなくてもいい気がする」陽真の笑顔には、少しだけ不安と希望が混ざっていた。

部室で最後に駒を片付ける二人。陽真が言う。「明日もまたやろうぜ!」
湊は頷き、自然な笑顔で答える。「うん、よろしく」

夕日が沈む頃、部室の空気は昨日とは違う。静寂の中に活気が生まれ、灰色だった湊の日常に少し色が差した。

陽真――雷のようにやってきた転校生は、静かだった湊の世界を揺さぶり、友情の種を蒔いたのだ。