嫁と呼ばれたい俺はぬい活で告白したいと思います

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「腰にキタ、マジで腰にキタ」

 帰宅して、自分の部屋で俺は一人で見悶えていた。SNSで呟かれる「声で妊娠した」の意味がわかってしまったのだ。推しの声はマジで腰にキタ。

「しかも嫁はいない。って」

 高橋の嫁がヤーノでなかったことに安堵しつつ、俺は高橋の嫁ポジについて考える。

「もし、もしも、だ。俺と高橋に子どもが出来たら名前は二人の名前をあわせて『ゆういちろう』?」

 俺は高橋と会話を交わしているノートに思いついた名前を書いてみた。

《優一郎》
《優伊知郎》

 書き出してみるとなかなか破壊力があった。

「どうしよう」

 なにが?と言うところなのだけれど、本当にどうしようだ。何しろ高橋には嫁はいないのだ。本人がそう言ったのだから間違いない。だとしたら、そうだとしたら、ここは一つやるしかない。
 俺は上着を羽織財布を持って部屋を出た。玄関先にティッシュボックスで作った入れ物に並んだエコバッグをひとつ取り、自転車に乗り込んで向かう先は学校とは真逆にある百均だ。松浦が教えてくれた布屋は制服に使える布が売られているということらしいので、まずは本体を作る。
 たどり着いた百均は、タカハシが神と呼んでいた配信者が初心者が手を出しやすい値段ですべてが揃う。と言っていた店である。必要なものはスマホにメモをとっていたから、店に入るとスマホ片手に必要なものをカゴに入れていく。もちろん、家を出た時点で俺はしっかりマスクを着用していた。時期的なものもあるし、誰かに遭遇した時のためでもある。時間的には平日の夕方頃なので、店内は比較的空いていた。

――揃ったな。

 俺は買い物カゴの中を確認すると、そのままセルフレジに行き、素早く会計を済ませて店を後にした。知り合いには何とか遭遇することはなかった。
 帰宅しても母親はまだパートから帰ってきてはおらず、俺はそのまま部屋に戻ると買ってきた物を机の上に置いて、エコバッグを畳んで元に戻して置いた。コレで証拠隠滅である。裁縫道具は小学生の頃に買ったものがあるので、百均では糸を買ってきた。さすがに何年も前の糸なんか使えるわけがないと思ったからだ。

「作り方のおさらいをしておかないとな」

 俺はスマホをスタンドに立てかけて(これも百均で買ってきた)、ブクマしておいた配信を再生した。

「型紙を起こして、それを布に固定して、縫い代をとって裁断」

 手順を確認しながらその時に必要な道具を確認していく。裁縫道具の中に入っているもので何とかなることがわかって俺は少しホッとした。道具も材料も確認はしていたけれど、ここに来て足りない。とかいうのは辛いものがあるからだ。

「顔は、やっぱり高橋に似せたい、よな」

 俺は配信を止めて、探し出したクラス写真を開いた。文化祭と体育祭、実は集合写真を撮っていたのだ。文化祭は出し物の関係で高橋が髪型を少し変えていたことに気がつき、ちょっとニヤついてしまったのは内緒である。

「この高橋の顔を切り抜いて……」

 写真をイラストにしてくれるというアプリを使って高橋の顔をデフォルメすると、ずい分と分かりやすくなった。このイラストを元に、百均で買ってきた目や口のパーツの刺繍を選んでいく。配置を考えて仮止めをして、バランスを見てみる。でもなんだか違くて、結局スマホの画面いっぱいに高橋の顔のイラストを広げ、その上に布を置き配置したのだった。

「最初からこうすりゃ良かった」

 スマホの画面の明るさを最大にすると、布越しでもちゃんとイラストの顔が見えた。それに合わせて刺繍のパーツを配置すれば、完璧な高橋ぬいぐるみの顔が完成したのだった。

「仮止めが動かないようにして、刺繍糸を一本にして縫いとめる。か」

 とりあえず今日中に顔だけは作り上げたくて、俺は初めて勉強以外のことで徹夜をしたのだった。