嫁と呼ばれたい俺はぬい活で告白したいと思います

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《ヤーノは嫁?》

 次の日、俺は決心して高橋に聞いてみた。筆談で。

《→面白い言葉知ってるね。松浦から聞いたの?》

 はぐらかされたような返事が書かれ、しかも知らない名前が出てきたことに内心ムッとした。

《松浦?》

 俺がちょっと殴り書きみたいな書き方をしたのが面白かったのか、高橋の肩が揺れている。

《→となりの席の女子だよ》

 高橋の書いた文字を見て、俺は目が点になった。隣の席の女子、言われてみれば彼女から推しだのぬい活だの情報を教えてもらったのだった。

《名前知らないとかありえねー》

 高橋が肩を大きく揺らしていた。声を出さずに笑っている高橋はうっすらと目尻に涙を浮かべている。

《あんだけしゃべってたのに、ゆーとーせーははくじょー者なんだなー》

 笑いを堪えているからなのか、高橋の字が踊るように綴られた。あれだけ喋っていた。っていうことは、俺と松浦と言う名前の隣の席の女子があの日の朝に話をしているのを高橋は見ていたということになる。つまり、俺が女子と仲良く話していたのを見られてしまった。不覚。

――って、俺の名前書いてない。

 ふとノートを見た時、高橋が俺の名前を書いていないことに気がついた。それだけじゃない。あの時も、俺の名前を呼んではいなかった。
 いやいや、まさか、高橋こそ俺の名前を知らないとか?そんな事、無いなんて保証は……ない。

《そんな事言っちゃって、タカハシこそオレの名前知らないの?》

 書き終わった時、俺は無意識に唾を飲み込んでいた。若干手が震えてしまって、字がおかしな形をしている。涙目の高橋がノートに目線を移した。高橋の目線が俺の書いた文字を追う。シャーペンをクルクルと回しながら、高橋が考えているのか、俺の顔をチラチラと見ている。めちゃくちゃ緊張する。まさか、知らないとか?学級委員長って認識されてるとか、松浦の名前は知っていて、俺な名前を知らないとかだったらマジでヘコむ。推しに認識されてないとか、それは泣く。いや、大穴で松浦が高橋の嫁説とか、いや、でも、俺の目線が激しく動いて、今日高橋とやり取りをしたシャーペンの文字を追う。
 カチカチと音がして、高橋がシャーペンに新しい芯を入れていた。高橋の手のひらの中でシャーペンが軽く転がって、それから高橋の手がいつも通りにシャーペンを持ち、俺の書いた文字の下に線を引いて、そこから矢印を伸ばし、小気味いい音を立てた。

《安達優一》

 高橋のシャーペンが、ハッキリとノートに俺の名前を書いた。しかも漢字で。
 感動して泣いてしまいそうだった。俺の名前を知っている。しかもちゃんと漢字で書いてくれた。あの間は思い出している時間だったんだ。やばい、推しが俺のことを認識していた。

《で?安達こそ、オレの名前知ってるの?》

 ノートにあたらしく書かれた言葉。俺は泣きそうになっている自分を鼓舞して、高橋の真似をして線を引いて矢印を引っ張りそこに高橋の名前を書いた。

《高橋伊知郎》

 ちょっとカクカクした名前が羨ましいと思っていることは内緒だ。俺の名前の『一』は漢数字なのに、高橋の『伊知』はこんなにも複雑だ。それが羨ましいと思ったのが始まりです。なんて言えるわけが無い。

《いいよな。伊知郎って》

 でも書いてしまった。言うなら今のような気がしたからだ。

《そう?テストの時書くのめんどいけど》

 高橋野路がいかにも面倒臭いと言った風に書き綴られた。

《オレからすれば、うらやましい けどな》

 俺の書いた文字を見て、高橋が驚いたように目を見開いて俺の顔を見た。

《優一、名前コンプレックス?》

――俺の名前呼んだ。

 信じられないことが起きて、俺はおもわず口元を抑えた。そうしないと叫び出しそうだったからだ。いやいや、え?マジで?

《伊知郎ってカッコイイじゃん》

 俺は口元を抑えたままシャーペンでノートに書き綴った。やべぇ、なんか告白っぽくないか?

《そんなん言われたの、はじめて》

 高橋が笑っていた。声を出さないで笑うのが俺たちの間では最早テンプレのようになっていた。もっともココが図書質だと言うことなのが理由なんだけどな。

《そうなんだ?》

 俺はさり気ない風を装って返事を書いた。

《だって、どっかのアナウンサーの名前じゃん》

 高橋が書いた文字を見て、俺はすぐに理解した。そうだった。タカハシの名前はあの有名なよく喋るアナウンサーと同じだった。もしかすると名前弄りをされた過去があったのかもしれない。もしそうだとすると高橋は時分の名前が嫌い説も有り得るわけで……

――うわぁ、どうしよう。

 俺が返事に悩んでいると無情にも予鈴のチャイムが鳴り響いた。その音を合図に図書室にいた制度が一斉に片付けをはじめて席を立ち始めた。シャーペンを握りしめたままの俺を見て、高橋がノートをたたんで俺に渡してきた。

「ありがと」

 受け取ってカバンにしまう。シャーペンは、高橋と同じように胸ポケットにさした。カバンを片手に持ち、図書室を出ようとした時、ドアの辺りに差し掛かった時に高橋の手が俺残しに回って俺をの体を引き寄せてきた。後ろから誰かが追い越しに来ているのかと思って肩越しにうしろを確認したしようとした時、耳元に温かい息がかかった。

「俺、嫁いないから」

 そう言い残して高橋は先に行ってしまったのだった。