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高橋は相変わらず窓際の席で一人で弁当を食べ(大抵の男子はひとりで食べている)、食べ終えると教室から居なくなる。部活に入っていると昼休みに部室に顔を出していたり、自主練をしていたりするので、実は高橋は運動部に所属しているのかと思ってこっそり後を着いて行ったら図書室に入っていった。
図書室はとても静かで、受験勉強をしている先輩の姿もあった。高橋はここでも窓際の席に一人で座り、本を読み始めた。
――隣、空いてる。
そう思った瞬間、俺は高橋の隣の席に座ってしまった。高橋はわざわざ隣の席に座ってきた俺のことなど見向きもせずに真剣に本と向き合っていた。
――声、かけたらまずいよな。
図書室には当たり前だけど『お静かに』という張り紙があって、他の席には明らかに受験勉強をしている先輩たちの姿があった。教室と違って本のためなのか加湿器も作動している図書室は、居心地がいい。
俺は抱き抱えたカバンの中からノートを一冊取り出して、まだ使われていないページにシャーペンで書き込みをした。
《何読んでるの?》
ノートの端に書いた文字を高橋の前に差し出した。勇気を振り絞って高橋の肘をつつく。その瞬間、高橋が目線だけを俺の方に向けてきた。陽の光を浴びてまつ毛が影を落としているの迄見えてしまえるほど、俺は高橋の顔をガン見してしまっていた。当然目線が合う。
俺は無言でノートに書いたシャーペンの文字を指さした。それはほんの数秒、いやコンマ何秒の時間だったのだろうけれど、俺にとっては正に時が止まったかのように永遠にも思えるほどだった。
シャッシャッ
硬い音がして、高橋がノートの上にシャーペンを走らせているのが見えた。俺の書いた文字の後ろに高橋の書いた文字が並ぶ。
《→ラノベ》
簡潔な返事である。
《タイトルは?教えて》
オレは慌てて高橋の答えの下に書き足した。力みすぎでシャーペンの芯が折れた跡がノートに着いてしまった。
《→スライム戦記》
またもや簡潔に高橋が返事を書いた。このタイトルは知っている。隣の席の女子に教えてもらったぬい活のSNSで、実況者がこの作品のキャラのぬいぐるみを作る実演をしていたからだ。
《面白いの?》
読んだことがないから、俺は素直に質問してみた。確かライトノベルだけど既に十数巻も発行されているロングセラーの作品だったはずだ。
《→流行ってるし。推しがいるから》
高橋が書いたその文字、推しと言うその文字を見て、俺の心臓が大きく跳ねた。
高橋に推しがいる。
その事実に俺は正直泣きそうになった。
《推しは誰?》
少し力を入れてしまったせいで、シャーペンで書いた文字が今までよりもずいぶんと濃い。俺は文字を書き終えた後、高橋の顔が見れなかった。
《→ヤーノ》
そう書いて、高橋は持っていた文庫本の表紙を俺に見せてきた。そして、中央よりやや右上に書かれているケモ耳のキャラを指さしたのだ。
――これ、配信者がぬいぐるみ作ってたキャラじゃん。
俺は咄嗟になんて書いたらいいのか分からなくて手が止まってしまった。
――どうしよう。どうしよう。どうしよう。
わかっていたはずなのに、俺の頭の中はパニックに陥った。陰キャオタクと女子に言われているから、きっと高橋はアニメキャラが好きなんだろう。って予想していたはずなのに。
《ぬいぐるみ作ってる配信みた》
咄嗟に書いたのはそんな事だった。何とか高橋との筆談を止めたくなくて、必死に考えて出てきたのはそれだった。心のどこかでヤーノというキャラを《可愛いね》なんて、書きたくなかったのかもしれない。
《→俺もみた》
高橋が返事を書いてくれた。同じ動画をみていた。そんな共通点が得られただけで、俺の心臓は高鳴ってしまった。
《あの配信者神だよな》
高橋が続きを書いてきた。神だって?いや、神って、推しの次は神かよ。俺は自分の瞳が自然と潤んで来たことを察して、思わず下を向いてしまった。そして乱暴に目を擦ろうとしたところで高橋に手を掴まれた。そのまま高橋に図書室の隅に連れていかれた。そこはカウンターの中にあって、小さな洗面台と鏡が付いていた。
「コンタクトずれたのか?ここで直せよ」
高橋の声がすぐ側で聞こえた。囁くように喋っているのは、ここが図書室だからだろう。鏡を見て何度か瞬きをすると、自分の目から涙が溢れた。慌ててハンカチを取り出そうとポケットに手を伸ばす前に、高橋が俺の顔にハンカチを押し付けてきた。
「なにやってんの優等生」
高橋の声が耳元で聞こえてきて、俺は自分の耳が赤くなるのを感じた。慌ててしゃがみこみ、高橋の視界から自分の耳を遠ざける。
「なになに?優等生は立ったまま目薬させない派?」
口元をほんの少し釣り上げた高橋の顔が間近にあった。俺の手が制服のポケットに突っ込まれたままなのに気がついた高橋は、そこに自分の手を突っ込んできた。そして、俺が握りしめていた目薬を取り出すと、蓋を開けて俺の目に目薬を落としてきた。
「優等生は世話が焼けるんだな」
顎をとられたら体勢で、俺は歯を食いしばって叫び出しそうになるのを必死にこらえたのだった。
高橋は相変わらず窓際の席で一人で弁当を食べ(大抵の男子はひとりで食べている)、食べ終えると教室から居なくなる。部活に入っていると昼休みに部室に顔を出していたり、自主練をしていたりするので、実は高橋は運動部に所属しているのかと思ってこっそり後を着いて行ったら図書室に入っていった。
図書室はとても静かで、受験勉強をしている先輩の姿もあった。高橋はここでも窓際の席に一人で座り、本を読み始めた。
――隣、空いてる。
そう思った瞬間、俺は高橋の隣の席に座ってしまった。高橋はわざわざ隣の席に座ってきた俺のことなど見向きもせずに真剣に本と向き合っていた。
――声、かけたらまずいよな。
図書室には当たり前だけど『お静かに』という張り紙があって、他の席には明らかに受験勉強をしている先輩たちの姿があった。教室と違って本のためなのか加湿器も作動している図書室は、居心地がいい。
俺は抱き抱えたカバンの中からノートを一冊取り出して、まだ使われていないページにシャーペンで書き込みをした。
《何読んでるの?》
ノートの端に書いた文字を高橋の前に差し出した。勇気を振り絞って高橋の肘をつつく。その瞬間、高橋が目線だけを俺の方に向けてきた。陽の光を浴びてまつ毛が影を落としているの迄見えてしまえるほど、俺は高橋の顔をガン見してしまっていた。当然目線が合う。
俺は無言でノートに書いたシャーペンの文字を指さした。それはほんの数秒、いやコンマ何秒の時間だったのだろうけれど、俺にとっては正に時が止まったかのように永遠にも思えるほどだった。
シャッシャッ
硬い音がして、高橋がノートの上にシャーペンを走らせているのが見えた。俺の書いた文字の後ろに高橋の書いた文字が並ぶ。
《→ラノベ》
簡潔な返事である。
《タイトルは?教えて》
オレは慌てて高橋の答えの下に書き足した。力みすぎでシャーペンの芯が折れた跡がノートに着いてしまった。
《→スライム戦記》
またもや簡潔に高橋が返事を書いた。このタイトルは知っている。隣の席の女子に教えてもらったぬい活のSNSで、実況者がこの作品のキャラのぬいぐるみを作る実演をしていたからだ。
《面白いの?》
読んだことがないから、俺は素直に質問してみた。確かライトノベルだけど既に十数巻も発行されているロングセラーの作品だったはずだ。
《→流行ってるし。推しがいるから》
高橋が書いたその文字、推しと言うその文字を見て、俺の心臓が大きく跳ねた。
高橋に推しがいる。
その事実に俺は正直泣きそうになった。
《推しは誰?》
少し力を入れてしまったせいで、シャーペンで書いた文字が今までよりもずいぶんと濃い。俺は文字を書き終えた後、高橋の顔が見れなかった。
《→ヤーノ》
そう書いて、高橋は持っていた文庫本の表紙を俺に見せてきた。そして、中央よりやや右上に書かれているケモ耳のキャラを指さしたのだ。
――これ、配信者がぬいぐるみ作ってたキャラじゃん。
俺は咄嗟になんて書いたらいいのか分からなくて手が止まってしまった。
――どうしよう。どうしよう。どうしよう。
わかっていたはずなのに、俺の頭の中はパニックに陥った。陰キャオタクと女子に言われているから、きっと高橋はアニメキャラが好きなんだろう。って予想していたはずなのに。
《ぬいぐるみ作ってる配信みた》
咄嗟に書いたのはそんな事だった。何とか高橋との筆談を止めたくなくて、必死に考えて出てきたのはそれだった。心のどこかでヤーノというキャラを《可愛いね》なんて、書きたくなかったのかもしれない。
《→俺もみた》
高橋が返事を書いてくれた。同じ動画をみていた。そんな共通点が得られただけで、俺の心臓は高鳴ってしまった。
《あの配信者神だよな》
高橋が続きを書いてきた。神だって?いや、神って、推しの次は神かよ。俺は自分の瞳が自然と潤んで来たことを察して、思わず下を向いてしまった。そして乱暴に目を擦ろうとしたところで高橋に手を掴まれた。そのまま高橋に図書室の隅に連れていかれた。そこはカウンターの中にあって、小さな洗面台と鏡が付いていた。
「コンタクトずれたのか?ここで直せよ」
高橋の声がすぐ側で聞こえた。囁くように喋っているのは、ここが図書室だからだろう。鏡を見て何度か瞬きをすると、自分の目から涙が溢れた。慌ててハンカチを取り出そうとポケットに手を伸ばす前に、高橋が俺の顔にハンカチを押し付けてきた。
「なにやってんの優等生」
高橋の声が耳元で聞こえてきて、俺は自分の耳が赤くなるのを感じた。慌ててしゃがみこみ、高橋の視界から自分の耳を遠ざける。
「なになに?優等生は立ったまま目薬させない派?」
口元をほんの少し釣り上げた高橋の顔が間近にあった。俺の手が制服のポケットに突っ込まれたままなのに気がついた高橋は、そこに自分の手を突っ込んできた。そして、俺が握りしめていた目薬を取り出すと、蓋を開けて俺の目に目薬を落としてきた。
「優等生は世話が焼けるんだな」
顎をとられたら体勢で、俺は歯を食いしばって叫び出しそうになるのを必死にこらえたのだった。
