22
月曜日、いつも通りに学校に来ると、自転車置き場にはまだ伊知郎の自転車はなかった。自転車置き場はざっくりと学年ごとに決められているから、実際どこのクラスの誰の自転車が停めらているのかなんて分からないのだ。
「おっはよー、安達くん」
俺がカバンをカゴから取り出していると、松浦が自転車に乗ってやって来た。
「安達くんが自転車組では一番早いよね」
「そうなの?」
「家が近いと出てくるの遅くなりがち」
「寒いからねー」
「それもある」
ちらっと松浦を見れば、女子の制服はスカートだから、厚手のタイツらしきものを履いているようだった。足が黒いから、多分タイツだ。妹も履いているからな。コートは高校生のお約束のダッフルコートである。マフラーを巻いて、それがカバンにぶら下がるぬいぐるみとおそろいなのが羨ましいところだ。
「ん?なにかな?」
「本当にぬいぐるみとお揃いなんだなって」
「ああ、マフラー?そりゃ手編みだもん」
「手編み?」
「そうだよ。自分のと同じ毛糸を使って編んでるの。ぬい活のお約束だよ」
「へぇ、奥が深いんだね」
「ぬい活の基本は愛だから」
「愛ですか」
「愛です」
松浦とそんな会話をしながら歩いできたからか、自転車置から教室までの工程がほとんど記憶になかった。
そんなわけで、何となく教室に入った俺だけど、何となく窓際の伊知郎の席に目がいってしまう。当然ながら、伊知郎はまだ来ていない。昨夜、伊知郎からSNSのリンクが送られてきたのだけれど、それも俺はアプリさえとってはいなかったのだった。さすがに一日で幾つものアプリを入れる事が出来ないから、そのことを伊知郎に伝えてはある。返事は絵文字だった。
「あのさ、松浦のその、推しのぬいぐるみ、見せて貰えるかな?」
「ん?いいよ。でもポーチ越しね」
「うん。ありがとう」
そう言って松浦がカバンからぬいぐるみの入ったポーチを外して俺の机に置いてくれた。松浦が言うには、ポーチの枠の色も推しカラーなんだそうだ。だからマフラーも当然推しカラーで編んでいると言うことらしい。前回聞いた通り、松浦の推しのぬいぐるみは、松浦が作ったうちの学校の制服を着ている。よく見れば、靴もちゃんと履いていて、完璧な通学スタイルをしていた。
「ぬいの靴とか小物は百均で売ってるよ。こだわらなければ服だって売ってるけどね。やっぱり俺の嫁の服は手作りしないとだめだよ」
「そういうもん?」
「そりゃそうだよ。うちの部で推しのぬいに、既製品の服着せてる人なんていないよ」
「うちの部?」
「あ、私手芸部に所属してんの。文化祭でぬい活展をしたんだよー。安達くんはさすがに見にこなかったか」
「ごめん。実行委員で見回りはしてたけど、ちゃんとはてない」
「まぁ、そんなもんだよね。気にしないでー」
松浦は明るくそういうと、すかさず自分のスマホで写真を見せてきた。文化祭の写真らしく、何体ものぬいぐるみが並んでいる。どのぬいぐるみも個性的な服を着ていた。
「これはね。推しのコンサートの衣装を着せてるの。推しのグループ全員じゃなくて、その日のコンサートで推しが着ていた衣装の再現ね。DVDを観て作った力作だよ」
「凄いね」
「アニメとかゲームの二次元キャラなら、資料があるから作りやすいだろうけど、後ろ姿の資料がない時があるから危険なんだよねぇ」
「そうなんだ」
「キャラ設定資料集が公開されてればそれを見れば後ろ姿を確認出来るけど、ゲームキャラだとないことが多いんだよね」
「参考になります」
オレは松浦の話に相槌を打ちながらも、松浦のぬいぐるみをじっくりと観察することに余念がなかった。何しろ俺が作りたい制服の参考資料として最適なのが松浦の推しのぬいぐるみなのだ。ポーチは両面が透明なので、裏側もじっくりと観察させて貰った。なかなか細部まで作り込まれていて、制服のブレザーの後ろはちゃんと裾の辺りが割れていた。
「しかし、さすがは学年トップだよね。ここに来てぬい活始めるなんて」
「え?」
「だって、学年末テストは来月だよ?」
「あーうん。テスト勉強の息抜き?」
「いやぁ、それで沼ったら終わりよ?」
「目標があるから大丈夫。負けられない戦いだから」
「さすがは学年トップだね。五組入りは余裕ってやつ?」
「いや、それを競ってるんだよ」
「え?なになに?トップを競う相手が現れたってこと?すごいじゃん」
「あーうーん。まぁ、そんな感じかなぁ」
「やっぱりライバルがいると燃えるよねぇ。いいねぇ、いいねぇ。応援してるよ。安達くん」
「ありがと。あ、ぬいもありがと」
俺がそう言って松浦にぬいぐるみを返していると、俺の前を横切って伊知郎が教室に入ってきた。
「おはよう高橋」
「はよ、松浦」
「伊知郎、おはよう」
「おっはよ、優一」
何気なく、さりげなく挨拶を交わした。
「ちょ、何!なんで陰キャオタクが優一くんのこと名前で呼んでんのよ」
そこに割り込んできた女子がいた。もちろん、俺はこの女子の名前なんて知らない。
「そんなことお前に言われる筋合いないし」
「はぁ?陰キャオタクのくせに生意気」
「いや、間中さんこそ何故ゆえ安達くんを下の名前で呼んでるかな?」
そこに何故か割って入った松浦さんが、的確なツッコミを入れてくれた。そうなのだ。何故ゆえ女子たちは俺のことを下の名前で呼ぶのだろうか?
「オタクがオタクを庇うとかまじキモイんですけど」
「なんか逆ギレされてるんですけど。何を持ってオタク認定しているのか分かりませんが、日本人の殆どはオタクです。なぜなら大人になっても漫画を読みアニメを見ています。そもそも、ひとをオタク呼ばわりしている間中さんのスマホケースはアニメキャラなんですけど、それでも自分はオタクじゃないっていうんですかぁ」
松浦さんがものすごいことを口にした。松浦さんの推しのぬいぐるみはおそらくアイドル系だと思う。だから余計にオタクと呼ばれて腹をたてているのかもしれない。けど、まぁ、当事者である俺が黙っているのもなんか変だよな?加勢するべきなんだろうか?でもそれをしたら、複数で一人を攻撃していることにならないだろうか。
「これは、可愛いから使ってるだけ」
「そんなの理由になりませーん。アニメキャラのグッズ使ってる時点でオタクでーす。同族嫌悪ですかぁ。同担拒否ですか」
なんかよくわからんけど、松浦さんの言っている事がよく分からない。よく分からないけれど相手を煽っている事は確かだろう。
「陰キャオタクがうぜーんだよ。黙ってろよ。キモイんだよ」
そこにまたもや男子が現れた。こいつが伊知郎を陰キャオタクと決めつけたやつだろう。
「俺をそう呼んでるのはお前らだけです。全く定着してません。進学校でクラスカーストとるなら頭の良し悪しで決まると思います」
伊知郎がそういうと、相手の男子はなんだか表情が変わってしまった。
「てか、間中さんと新谷くんは来年五組に入れるだけの成績なのかな?そうじゃないんなら、うざいから黙ってくれるかな?」
松浦さんがものすごく確信をついてきた。あの男子新谷って言うんだ。すごいな俺、クラスメイトの名前を未だに把握してない。
「本鈴なってるぞー」
ピリついた空気をぶち壊すように入ってきたのは担任だった。そんなに時間が経っていたとは思わなかったけど、伊知郎と挨拶を交わした後に予鈴が鳴っていたのは確かに聞こえていた。その後で五分も経っていたとは驚きだ。
「全員いるなー」
担任は空いている座席が無いことを確認すると、それで出欠を終わらせたようだ。
「学年末テストの範囲が決まったからそのプリントを配る。学年末テストまでにその範囲を終わらせるから、教科によっては授業スピード上がるから気を付けろよ」
担任はそんなことを喋りながらプリントを配り始めた。廊下側の席から配るから、俺のいる列が最初である。みんなプリントを目にすると露骨にその範囲のひろさに驚いていた。
「学年末テストは来年のクラス編成に関わってくるからな。気ぃ抜くなよ」
そう言い残し、担任はさっさと職員室に行ってしまった。もちろんその後教室はいつになくザワついたのだった。
月曜日、いつも通りに学校に来ると、自転車置き場にはまだ伊知郎の自転車はなかった。自転車置き場はざっくりと学年ごとに決められているから、実際どこのクラスの誰の自転車が停めらているのかなんて分からないのだ。
「おっはよー、安達くん」
俺がカバンをカゴから取り出していると、松浦が自転車に乗ってやって来た。
「安達くんが自転車組では一番早いよね」
「そうなの?」
「家が近いと出てくるの遅くなりがち」
「寒いからねー」
「それもある」
ちらっと松浦を見れば、女子の制服はスカートだから、厚手のタイツらしきものを履いているようだった。足が黒いから、多分タイツだ。妹も履いているからな。コートは高校生のお約束のダッフルコートである。マフラーを巻いて、それがカバンにぶら下がるぬいぐるみとおそろいなのが羨ましいところだ。
「ん?なにかな?」
「本当にぬいぐるみとお揃いなんだなって」
「ああ、マフラー?そりゃ手編みだもん」
「手編み?」
「そうだよ。自分のと同じ毛糸を使って編んでるの。ぬい活のお約束だよ」
「へぇ、奥が深いんだね」
「ぬい活の基本は愛だから」
「愛ですか」
「愛です」
松浦とそんな会話をしながら歩いできたからか、自転車置から教室までの工程がほとんど記憶になかった。
そんなわけで、何となく教室に入った俺だけど、何となく窓際の伊知郎の席に目がいってしまう。当然ながら、伊知郎はまだ来ていない。昨夜、伊知郎からSNSのリンクが送られてきたのだけれど、それも俺はアプリさえとってはいなかったのだった。さすがに一日で幾つものアプリを入れる事が出来ないから、そのことを伊知郎に伝えてはある。返事は絵文字だった。
「あのさ、松浦のその、推しのぬいぐるみ、見せて貰えるかな?」
「ん?いいよ。でもポーチ越しね」
「うん。ありがとう」
そう言って松浦がカバンからぬいぐるみの入ったポーチを外して俺の机に置いてくれた。松浦が言うには、ポーチの枠の色も推しカラーなんだそうだ。だからマフラーも当然推しカラーで編んでいると言うことらしい。前回聞いた通り、松浦の推しのぬいぐるみは、松浦が作ったうちの学校の制服を着ている。よく見れば、靴もちゃんと履いていて、完璧な通学スタイルをしていた。
「ぬいの靴とか小物は百均で売ってるよ。こだわらなければ服だって売ってるけどね。やっぱり俺の嫁の服は手作りしないとだめだよ」
「そういうもん?」
「そりゃそうだよ。うちの部で推しのぬいに、既製品の服着せてる人なんていないよ」
「うちの部?」
「あ、私手芸部に所属してんの。文化祭でぬい活展をしたんだよー。安達くんはさすがに見にこなかったか」
「ごめん。実行委員で見回りはしてたけど、ちゃんとはてない」
「まぁ、そんなもんだよね。気にしないでー」
松浦は明るくそういうと、すかさず自分のスマホで写真を見せてきた。文化祭の写真らしく、何体ものぬいぐるみが並んでいる。どのぬいぐるみも個性的な服を着ていた。
「これはね。推しのコンサートの衣装を着せてるの。推しのグループ全員じゃなくて、その日のコンサートで推しが着ていた衣装の再現ね。DVDを観て作った力作だよ」
「凄いね」
「アニメとかゲームの二次元キャラなら、資料があるから作りやすいだろうけど、後ろ姿の資料がない時があるから危険なんだよねぇ」
「そうなんだ」
「キャラ設定資料集が公開されてればそれを見れば後ろ姿を確認出来るけど、ゲームキャラだとないことが多いんだよね」
「参考になります」
オレは松浦の話に相槌を打ちながらも、松浦のぬいぐるみをじっくりと観察することに余念がなかった。何しろ俺が作りたい制服の参考資料として最適なのが松浦の推しのぬいぐるみなのだ。ポーチは両面が透明なので、裏側もじっくりと観察させて貰った。なかなか細部まで作り込まれていて、制服のブレザーの後ろはちゃんと裾の辺りが割れていた。
「しかし、さすがは学年トップだよね。ここに来てぬい活始めるなんて」
「え?」
「だって、学年末テストは来月だよ?」
「あーうん。テスト勉強の息抜き?」
「いやぁ、それで沼ったら終わりよ?」
「目標があるから大丈夫。負けられない戦いだから」
「さすがは学年トップだね。五組入りは余裕ってやつ?」
「いや、それを競ってるんだよ」
「え?なになに?トップを競う相手が現れたってこと?すごいじゃん」
「あーうーん。まぁ、そんな感じかなぁ」
「やっぱりライバルがいると燃えるよねぇ。いいねぇ、いいねぇ。応援してるよ。安達くん」
「ありがと。あ、ぬいもありがと」
俺がそう言って松浦にぬいぐるみを返していると、俺の前を横切って伊知郎が教室に入ってきた。
「おはよう高橋」
「はよ、松浦」
「伊知郎、おはよう」
「おっはよ、優一」
何気なく、さりげなく挨拶を交わした。
「ちょ、何!なんで陰キャオタクが優一くんのこと名前で呼んでんのよ」
そこに割り込んできた女子がいた。もちろん、俺はこの女子の名前なんて知らない。
「そんなことお前に言われる筋合いないし」
「はぁ?陰キャオタクのくせに生意気」
「いや、間中さんこそ何故ゆえ安達くんを下の名前で呼んでるかな?」
そこに何故か割って入った松浦さんが、的確なツッコミを入れてくれた。そうなのだ。何故ゆえ女子たちは俺のことを下の名前で呼ぶのだろうか?
「オタクがオタクを庇うとかまじキモイんですけど」
「なんか逆ギレされてるんですけど。何を持ってオタク認定しているのか分かりませんが、日本人の殆どはオタクです。なぜなら大人になっても漫画を読みアニメを見ています。そもそも、ひとをオタク呼ばわりしている間中さんのスマホケースはアニメキャラなんですけど、それでも自分はオタクじゃないっていうんですかぁ」
松浦さんがものすごいことを口にした。松浦さんの推しのぬいぐるみはおそらくアイドル系だと思う。だから余計にオタクと呼ばれて腹をたてているのかもしれない。けど、まぁ、当事者である俺が黙っているのもなんか変だよな?加勢するべきなんだろうか?でもそれをしたら、複数で一人を攻撃していることにならないだろうか。
「これは、可愛いから使ってるだけ」
「そんなの理由になりませーん。アニメキャラのグッズ使ってる時点でオタクでーす。同族嫌悪ですかぁ。同担拒否ですか」
なんかよくわからんけど、松浦さんの言っている事がよく分からない。よく分からないけれど相手を煽っている事は確かだろう。
「陰キャオタクがうぜーんだよ。黙ってろよ。キモイんだよ」
そこにまたもや男子が現れた。こいつが伊知郎を陰キャオタクと決めつけたやつだろう。
「俺をそう呼んでるのはお前らだけです。全く定着してません。進学校でクラスカーストとるなら頭の良し悪しで決まると思います」
伊知郎がそういうと、相手の男子はなんだか表情が変わってしまった。
「てか、間中さんと新谷くんは来年五組に入れるだけの成績なのかな?そうじゃないんなら、うざいから黙ってくれるかな?」
松浦さんがものすごく確信をついてきた。あの男子新谷って言うんだ。すごいな俺、クラスメイトの名前を未だに把握してない。
「本鈴なってるぞー」
ピリついた空気をぶち壊すように入ってきたのは担任だった。そんなに時間が経っていたとは思わなかったけど、伊知郎と挨拶を交わした後に予鈴が鳴っていたのは確かに聞こえていた。その後で五分も経っていたとは驚きだ。
「全員いるなー」
担任は空いている座席が無いことを確認すると、それで出欠を終わらせたようだ。
「学年末テストの範囲が決まったからそのプリントを配る。学年末テストまでにその範囲を終わらせるから、教科によっては授業スピード上がるから気を付けろよ」
担任はそんなことを喋りながらプリントを配り始めた。廊下側の席から配るから、俺のいる列が最初である。みんなプリントを目にすると露骨にその範囲のひろさに驚いていた。
「学年末テストは来年のクラス編成に関わってくるからな。気ぃ抜くなよ」
そう言い残し、担任はさっさと職員室に行ってしまった。もちろんその後教室はいつになくザワついたのだった。
