19
「おはよう」
伊知郎が図書館の自転車置き場で俺を待っていた。
「おはよう」
冬の朝は寒い。けれど、学年末テストに向けて復習をしなくてはならないから、そんなことは言ってはいられないのだ。イロチのネックウォーマーを今日も付けている伊知郎を見て、俺の広角は自然と上がってしまう。
「図書館って、開館早いんだな」
「そりゃあ公共施設だからね」
自転車に鍵をかけ、外した手袋をカバンにしまう。吐く息が白い。もちろん隣を歩く伊知郎の息も白い。何故か俺も伊知郎も挨拶をした時に下げたネックウォーマーがそのままである。
「図書館カードをお願いします」
受付の人に言われ、俺と伊知郎は図書館カードを出して受付を済ませた。昨日予約しておいた窓際の席にむかい、予約席のカードを受付の人に回収してもらう。
まだ開館したてだから、他の利用者はいなくて、図書館の中ビックリするぐらいに静かだった。
《すごい、しずか》
《そりゃオレたちしかいないし》
《先にトイレ》
《オレも》
俺と伊知郎恒例の筆談をして、適当にノートを広げてトイレに向かう。トイレの傍には自動販売機とベンチみたいな椅子が置かれてはいる。だからと言って、そこで弁当を食べる気にはならない。何しろトイレの前である。
「今日は一学期の期末だよな」
「そうだね」
「午前中で終わらせて、午後は復習にしないか?」
「え?」
「昨日の分と合わせて確認してさ」
「別にいいけど」
「三十分で区切らなくて、一気に全教科やっちまおうぜ」
「いいけど、伊知郎はテスト見つかったのか?」
「あった。見つけたから」
「ならいいけど」
伊知郎がテスト用紙を見つけたと言うから、やり方は昨日と変えることにした。
「机の引き出しにさしてしまいこんでたんだ」
「……一番下の大きいところか」
「よくわかったな」
「俺もそこにしまってるよ。ただし、ファイルに閉じてな」
「来年からそうします」
そんなに軽口を言い合うのは、受け付けの手前までである。ちょっとだけ重たいガラス扉を押して中に入ろうとした時、後ろから伊知郎の手が伸びてきて、俺の体を包み込むような体勢で伊知郎が後ろから扉を開けてきた。
「っ……」
一瞬驚きすぎて声が出そうになったけれど、すんでのところで留まった。
「寒いから、早く中に入ろうぜ」
伊知郎の声が耳元で聞こえた。伊知郎が、俺のすぐ背後にいて、腰を抱くというより、腹の前に伊知郎の手が回っていた。驚きすぎて俺の頭の中は真っ白だった。なにしろ伊知郎がしゃべった時、俺の耳に伊知郎の唇が触れていたのだ。一瞬くすぐったい様な、何か不思議な感覚が俺の体の中を駆け巡った。
「う、うん」
返事をしながら、俺は下半身のどこかに力を入れて、何だかぎこちなく歩いた。伊知郎は当たり前のように俺の背後に回ったまま歩いてくる。そうして窓際の席に戻ってくると、伊知郎は昨日と同じ席に当たり前の顔で座った。
「暖かい」
そうポツリともれた伊知郎の言葉がなんともこの場にあっていた。
「じゃ」
俺はそう言ってからノートに書き込む。
《テストよーしのかくにん》
《おけ》
俺と伊知郎はカバンの中からテスト用紙を取り出して、今日やる予定の1楽器期末テストの問題用紙をテーブルの上に並べた。伊知郎はちゃんと一学期期末テストの問題用紙を持ってきていた。もちろん、問題用紙に書き込みはない。
《じゃあ、いっきにやろう》
《よし》
《スマホはオレのおくから》
《OK》
俺は昨日と同じようにスマホを置いて、ノートを広げた。
《よこうめてるじゃん》
伊知郎が俺の腕をつついて自分の書き込みを指さした。俺はその文字を読み、伊知郎の広げたノートをみる。
《そっちこそ》
俺がそう書き込むと、伊知郎はニヤリと笑った。日曜日なだけあって、図書館にやってくる人はまばらだ。昨日は小さな子を連れた人たちがキッズスペースで絵本を読んだりしているのが見えたけれど、さすがに時間が早いのかキッズスペースには誰もいなかった。
俺と伊知郎はお互いのノートの進み具合を確認して笑いあった。
《やくそく、忘れんなよ》
《もちろん》
伊知郎との約束、ノートを沢山使った方の言うことをなんでも一つきくってやつだ。俺と伊知郎のノートの使い方は若干違うけれど、まぁ似てはいる。お互い昨日の一学期中間の復習は既に済ませているようだ。そうなると、今現在ノートの使用量はほぼ互角と言うことになる。約1ヶ月後が学年末テストだから、全教科分のノート、どこまで使い切れるのか結構怪しいよな。
昨日と違くてタイマーではなく、おおきく時間だけを表示したスマホを二人の間に置いて、無言で向き合い頷いてスタートした。一人でするより捗るのはやはり競う相手がいるからだろう。伊知郎もそう思っていてくれていると嬉しいんだけどな。
伊知郎が意図的にずっと同じ席をキープしているのは、おそらくあの席に当たってしまった生徒から、変わってくれと言われたからかもしれない。そう考えると、クラスの生徒のほとんどが伊知郎のことを陰キャオタクと軽んじていることになる。俺はなんとなく面白くないと感じながらも、他の奴らが伊知郎の良さに気がついていない事を嬉しく思ってしまうのだった。
「おはよう」
伊知郎が図書館の自転車置き場で俺を待っていた。
「おはよう」
冬の朝は寒い。けれど、学年末テストに向けて復習をしなくてはならないから、そんなことは言ってはいられないのだ。イロチのネックウォーマーを今日も付けている伊知郎を見て、俺の広角は自然と上がってしまう。
「図書館って、開館早いんだな」
「そりゃあ公共施設だからね」
自転車に鍵をかけ、外した手袋をカバンにしまう。吐く息が白い。もちろん隣を歩く伊知郎の息も白い。何故か俺も伊知郎も挨拶をした時に下げたネックウォーマーがそのままである。
「図書館カードをお願いします」
受付の人に言われ、俺と伊知郎は図書館カードを出して受付を済ませた。昨日予約しておいた窓際の席にむかい、予約席のカードを受付の人に回収してもらう。
まだ開館したてだから、他の利用者はいなくて、図書館の中ビックリするぐらいに静かだった。
《すごい、しずか》
《そりゃオレたちしかいないし》
《先にトイレ》
《オレも》
俺と伊知郎恒例の筆談をして、適当にノートを広げてトイレに向かう。トイレの傍には自動販売機とベンチみたいな椅子が置かれてはいる。だからと言って、そこで弁当を食べる気にはならない。何しろトイレの前である。
「今日は一学期の期末だよな」
「そうだね」
「午前中で終わらせて、午後は復習にしないか?」
「え?」
「昨日の分と合わせて確認してさ」
「別にいいけど」
「三十分で区切らなくて、一気に全教科やっちまおうぜ」
「いいけど、伊知郎はテスト見つかったのか?」
「あった。見つけたから」
「ならいいけど」
伊知郎がテスト用紙を見つけたと言うから、やり方は昨日と変えることにした。
「机の引き出しにさしてしまいこんでたんだ」
「……一番下の大きいところか」
「よくわかったな」
「俺もそこにしまってるよ。ただし、ファイルに閉じてな」
「来年からそうします」
そんなに軽口を言い合うのは、受け付けの手前までである。ちょっとだけ重たいガラス扉を押して中に入ろうとした時、後ろから伊知郎の手が伸びてきて、俺の体を包み込むような体勢で伊知郎が後ろから扉を開けてきた。
「っ……」
一瞬驚きすぎて声が出そうになったけれど、すんでのところで留まった。
「寒いから、早く中に入ろうぜ」
伊知郎の声が耳元で聞こえた。伊知郎が、俺のすぐ背後にいて、腰を抱くというより、腹の前に伊知郎の手が回っていた。驚きすぎて俺の頭の中は真っ白だった。なにしろ伊知郎がしゃべった時、俺の耳に伊知郎の唇が触れていたのだ。一瞬くすぐったい様な、何か不思議な感覚が俺の体の中を駆け巡った。
「う、うん」
返事をしながら、俺は下半身のどこかに力を入れて、何だかぎこちなく歩いた。伊知郎は当たり前のように俺の背後に回ったまま歩いてくる。そうして窓際の席に戻ってくると、伊知郎は昨日と同じ席に当たり前の顔で座った。
「暖かい」
そうポツリともれた伊知郎の言葉がなんともこの場にあっていた。
「じゃ」
俺はそう言ってからノートに書き込む。
《テストよーしのかくにん》
《おけ》
俺と伊知郎はカバンの中からテスト用紙を取り出して、今日やる予定の1楽器期末テストの問題用紙をテーブルの上に並べた。伊知郎はちゃんと一学期期末テストの問題用紙を持ってきていた。もちろん、問題用紙に書き込みはない。
《じゃあ、いっきにやろう》
《よし》
《スマホはオレのおくから》
《OK》
俺は昨日と同じようにスマホを置いて、ノートを広げた。
《よこうめてるじゃん》
伊知郎が俺の腕をつついて自分の書き込みを指さした。俺はその文字を読み、伊知郎の広げたノートをみる。
《そっちこそ》
俺がそう書き込むと、伊知郎はニヤリと笑った。日曜日なだけあって、図書館にやってくる人はまばらだ。昨日は小さな子を連れた人たちがキッズスペースで絵本を読んだりしているのが見えたけれど、さすがに時間が早いのかキッズスペースには誰もいなかった。
俺と伊知郎はお互いのノートの進み具合を確認して笑いあった。
《やくそく、忘れんなよ》
《もちろん》
伊知郎との約束、ノートを沢山使った方の言うことをなんでも一つきくってやつだ。俺と伊知郎のノートの使い方は若干違うけれど、まぁ似てはいる。お互い昨日の一学期中間の復習は既に済ませているようだ。そうなると、今現在ノートの使用量はほぼ互角と言うことになる。約1ヶ月後が学年末テストだから、全教科分のノート、どこまで使い切れるのか結構怪しいよな。
昨日と違くてタイマーではなく、おおきく時間だけを表示したスマホを二人の間に置いて、無言で向き合い頷いてスタートした。一人でするより捗るのはやはり競う相手がいるからだろう。伊知郎もそう思っていてくれていると嬉しいんだけどな。
伊知郎が意図的にずっと同じ席をキープしているのは、おそらくあの席に当たってしまった生徒から、変わってくれと言われたからかもしれない。そう考えると、クラスの生徒のほとんどが伊知郎のことを陰キャオタクと軽んじていることになる。俺はなんとなく面白くないと感じながらも、他の奴らが伊知郎の良さに気がついていない事を嬉しく思ってしまうのだった。
