嫁と呼ばれたい俺はぬい活で告白したいと思います

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「やっぱりニンニク臭いわ」
「うん。ネックウォーマーの中が凄い」
「これは盲点だったなぁ」
「図書館、匂いも注意されるかな?」
「どーだろー。考えたことない」
「喋らないから平気かな?」

 伊知郎がそんなことを言い出したので、俺はカバンの中をあさってみた。

「マスクある。使い捨て」

 そう言ってカバンの中から個包装の使い捨てマスクを取り出して、一枚を伊知郎に手渡した。

「いいの?」
「念の為持ち歩いてる分だから」
「ありがと」

 伊知郎は俺の渡したマスクを受け取ると、包装を破いて中のマスクを取りだし、ワイヤーの具合いを調整しながらマスクをつけてくれた。使い捨てマスクだけど、お揃い。

「戻りました」

 受付で図書館カードを差し出しながら手続きをすると、受付の人が席までやってきて、確認をしながら札を持って行ってくれた。

「…………」

 お互に顔を見合せながら、席に着く。一学期の中間テストの問題を出して、さっきとは逆の教科を伊知郎に渡し、ノートを出して、スマホを真ん中に置く。

《さっきとはぎゃくの教科な》
《おう》
《時間は30分で》
《OK》

 俺も伊知郎もなんとなく意識してしまって、マスクを押さえてしまうけれど、とりあえず一番下端の窓際の席であるから、周りに人はいない。

《じゃあ、こーはんせん》

 俺はそうノートに書き込んで、スマホのタイマーを開始したのだった。
 無言でテスト問題に取り組むのは、なかなかしんどいけれど、隣にいる伊知郎と競っていると言うのがいい刺激になる。実際問題として、俺は伊知郎の成績なんて知らないのだ。成績表は張り出されないから、テストを返される時に言われるクラス平均と学年平均の際の反応を見る程度になる。それも、席が離れすぎていて表情は見えないのだ。ついでに言えば、俺が伊知郎のことを名前ではなく意識したのは二学期の期末が終わったあとだったため、個別で成績表を受け取る伊知郎の反応なんて確認してはいないのだった。

――国立狙いだから五組って言ってたもんな。

 俺だって、ずっと学年トップと言うわけではない。一問二問の間違いで順位は大きく変動するものだ。順位で一喜一憂するのは中学までことで、高校では点数である。あくまでも自分との戦いだからだ。平均点を上回り、自分がどれだけ授業内容を理解できているか。そのことを気にして勉強をしてきた。もちろん、学年トップで入学したのに、入学後は成績がダダ下がりなんて恥ずかしいことをしたくない。と言うプライドの問題でもあるのだけれど。

 カツカツカツカツ

 伊知郎の手が握っているシャーペンが小気味よい音を立ててノートに回答を書いている。問題用紙を確認すると嫌でも見てしまう伊知郎の横顔は、冬の日差しを浴びていつもより髪の毛が輝いて見えた。ついでに言えばまつげが長い。忙しなく動く瞳を見ていると、やたらとその瞳が輝いていた。

――もしかしなくても、コンタクトだあ。

 俺は伊知郎のコンタクトに気がついてしまい、口元を手でおおった。思わず変な声が出そうだったからだ。

――バスケしてたから、コンタクトなんだ。

 そんなことに驚きつつも、俺は必死で問題用紙に取り掛かるのだった。この程度のことで動揺していたら学年末テストで失敗してしまうからな。



「で、答え合わせして、明日もやるよな?」
「え?明日もいいの?」
「やららないと学年末に間に合わんでしょ」
「……そうか、そうだよな」

 全教科が終わったところで俺と伊知郎はトイレ休憩に入っていた。一応ここも図書館だから、声は控えめである。俺は指折り数えて考える。来週末も使えば二学期の分まで終わる。その後学年末対策の勉強に入るとしても、結構ギリギリだ。

「平均点か、学年末テストの結果か分からないけど、とにかくギリでも、俺は五組入りしたいんだよ」
「それは俺もです」
「余裕だろ?」
「そうでも無いよ。学年トップで入学後してるのバレてんだから、プレッシャーがえげつない」
「五組落ちしたら、成績落ちたのモロバレだもんな」
「そういうこと」

 そんな会話をして俺と伊知郎は席に戻ると、採点をしたのだった。回答用紙は各自持ってきているから、お互いの回答採点する。伊知郎の文字が書かれたノートを俺の前に持ってきて採点をすると、伊知郎のノートの使い方に疑問を持った。

《なんで半分?》
《となりにかいせつ書くから》
《なるほど》

 俺の場合は、ノートの半分に回答を書き込み、残りの半分に解説を書き込む方式だったので、やり方は似ているがノートの使い方が少し違った。

《ゆーいちの書き方も分かりやすそー》
《じゅくで習ったんだ》
《じゅくかー》

 そんな会話を交わしながらも、採点を進めていけば、伊知郎は結構な正解率だった。

《ま、いちがっきのだし》

 ノートを確認しながら、伊知郎がそんなことを書いてきた。俺はそれを読んで頷く。時間的にソロソロ閉館時間である。

「明日も同じ席使えますか?」
「御予約ですね。お待ちください」

 帰り際、受付で閲覧席の予約ができるか確認してみると、意外にもできるらしく、俺と伊知郎は今日の座席を予約することにした。

「明日も同じ時間でいいよな?」

 自転車置き場で、自転車を挟んでの会話である。さすがは一月である。夕方になり日が傾くと寒い。俺と伊知郎はネックウォーマーを装着して、それから手袋をはめていた。

「あ、鍵を先にあけておくんだった」

 伊知郎がいかにも失敗したという顔をした。シリンダーキーだからそれなりに鍵の大きさはあるけれど、手袋をはめてしまうとポケットから鍵が取りだしにくいのだ。

「俺はあけてまーす」

 俺がわざとそう言うと、伊知郎は悔しそうな顔をしながら方での手袋を外してポケットから自転車のカギを取り出した。

「明日の昼飯はどうする?」

 俺はさりげなく聞いてみた。別にニンニク臭くなったのが嫌な訳ではない。

「優一のオススメの店あるのか?」
「ないよ」
「ないのか」
「悪かったな」
「テニス部はパンとか食べてそーだもんな」
「なんだよ。その偏見」
「いや、何となく。イメージ?」
「それを言うなら、バスケ部があんなガッツリ飯食べるのはイメージと違うだろ」
「いやいや、男子バスケ部はガッツリメシでしょ」

 伊知郎がそういった時、風が吹いた。

「あっ、っう」

 伊知郎が、目を閉じてグッとこらえるような顔をした。

「大丈夫?目にゴミが入ったのか?」

 伊知郎はコンタクトのはずである。ゴミが入ればかなり痛いだろう。俺はコンタクトなんてしたことがないから分からないけれど、普通にゴミが入っただけでも痛いのだから、コンタクトをしている伊知郎は絶対に痛いはずだ。

「うん」
「ハンカチ使う?」
「サンキュ」

 伊知郎は俺が差し出したハンカチを素直に受け取ると、目の辺りにハンカチをあててしばらく動かなかった。

「ワンデーだから、最悪外してもいいんだけど」

 そういいながら、伊知郎は俺のハンカチを片目に当てたままだ。

――ハンカチ持っててよかった。

 クリスマスプレゼントに母親から渡されたのは今つけている手袋と今伊知郎に渡したハンカチのセットだったのだ。母親が「もう高校生なんだから実用品でしょ」と言ってぞんざいに渡してきたのだ。父親と色違いのお揃いだと知った時はさすがにイラついたけれど、今は母親に感謝している。さすがにタオルハンカチなんて渡せない。

「あー、こーゆーシンプルなハンカチってマジで助かるわ」

 そういいながら伊知郎がうっすらと目尻に浮かんだ涙を拭いていた。俺のハンカチで伊知郎が涙を拭いた。その事実に俺はおもわず唾を飲み込んだ。

「やっぱ冬は風がきちーよなー」
「俺コンタクトじゃないから、その辺はわからん」
「かー、優等生のくせにメガネもコンタクトもなしかよ」
「悪かったな。テニス部だから外で景色眺めてたからだよ」
「それってまじもんなわけ?」
「いや、知らんけど」
「なんだよそれ」

 そんなことを言いながら、伊知郎が俺のハンカチを返してきた。

「マジで助かった。コンタクト落ちなかったし」
「ドウイタシマシテ」

 俺は伊知郎から返されたハンカチを素早くポケットにしまい込んだ。伊知郎の涙を拭いたハンカチである。

「じゃあ、また明日」
「うん、また明日」