嫁と呼ばれたい俺はぬい活で告白したいと思います

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「食事をしてくるので、席の確保をしたいんですけど」

 俺と伊知郎は受付で座席の確保をするべく予約の手続きをしていた。

「図書館カードをお願いします」

 受付の人に言われたので、俺と伊知郎は図書館カードを出した。

「はい。確認しました。座席はどこになりますか」

 受付の人は、【予約席】と書かれた札を持ってカウンターから出てきて、俺たちの使っていた窓際の席まで移動してくれた。そして、何もないことを確認するとテーブルの上に【予約席】の札を置いてくれた。

「概ね一時間程で戻ってきてください。混雑してきたときは、二人分の座席を残して他の方をご案内する場合もあります」
「分かりました」

 俺と伊知郎はそのままカバンを持って図書館を後にした。二人とも自転車で来ているから、まずは自転車置き場に向かう。

「なんか食べたいものとかあるの?」

 自転車に鍵を差し込みながら聞いてくる伊知郎は、何処かこなれた感じが漂っていた。

「特に考えてなかった」

 いや、実はある。あるけど言えない。だって初めての食事だ。学校で弁当さえ一緒に食べたこともないのだ俺と伊知郎は。それなのに、いきなり一緒にランチだ。

――実質初デートだぞ。そんな簡単に決められない。

 俺が思案に耽っていると、伊知郎はニヤッと笑って口を開いた。

「時間ねーからさ。オレのお勧めでいいかな?」
「えっ?あ、うん」

 いきなりすぎる伊知郎の提案に、俺は返事をするしかなかった。なにしろ時間は一時間程度と言われているのだ。迷っている時間がほんとうは無いことぐらいわかっている。

「じゃあ、着いてこいよ」

 そういうと伊知郎は自転車に跨った。俺と同じ型の自転車である。俺は慌ててカバンからネックウォーマーを取り出して首に装着した。手袋は伊知郎がしていないから俺もしない。

「土曜だと大抵混んでるじゃん?」
「ああ、うん」
「穴場があるんだよ」

 そう言って伊知郎は自転車を漕ぎ始めた。時折チラッと振り返り、俺の事を確認してくれる。それがなんだかむず痒くて、俺は時々伊知郎から少し離れたりした。一時停止とか、信号とか、交差点とか、伊知郎は俺のことを確認してから前に進む。漕ぎなれた自転車なのに、なんだか上手く漕げていないような感じがして、俺の自転車は終始フラフラしていた。

「もう少しだから」

 前をはしる伊知郎が、振り返って俺に声をかけてきた。なかなかバランスがよく取れている。伊知郎の自転車は特にふらつくこともなく、そのまま真っ直ぐに細い路地を入っていった。川というより用水路に近い川沿いのみちは、春なら桜が咲いていて綺麗なのだろうけれど、冬真っ只中な今の季節は、枯れ枝しか見えない上に、何も遮るものがないせいで、風が物凄く体に当たってきた。

「ここ」

 川沿いの道からスっと降り、伊知郎が派手なかんばんの店の前に自転車をとめた。看板の名前の読み方は分からないけれども、中華料理屋っぽいことだけはわかった。

「ここ?高いんじゃないの?」
「安いんだよ。しかも上手くでボリューミー」

 伊知郎はそう言って張り出されているメニューを指さした。全てが千円以下である。確かに安い。

「こーゆー店には女子は来ないから」
「これだけ安かったら家族連れとか」
「お子様が中華食べたいって言うと思う?」
「マックかな?」
「だろ?」

 とりあえず、自転車にカギだけをかけて、俺と伊知郎は店の中にはいった。たぶんコンビニの跡地だったからなのか、店のドアは手動の観音開きのままだった。中に入った途端に壁があり、すぐにレジがあったことに驚いていると、

「ナンニンカ?」
「二人でーすっ」

 戸惑う俺をよそに、伊知郎が店員さんと軽いやり取りをして、すぐに座席に案内された。

「座敷で食べる中華ってなんかエモいよな」

 そんなにことを言いながら、伊知郎がセルフの瑞をくんで持ってきた。俺は伊知郎に言われるままに壁ぎわの席(とは言っても座布団だけど)に座ってしまった。

「水、ありがとう」
「いやいや、システム知らんでしょ」
「そうだけど」

 安い回転寿司も水はセルフだから使い方は知ってるけれど、確かに初見の店だとどこにあるのか分かりにくいことは確かだ。

「写真付きだから、わかりやすいんだぜ」

 伊知郎はメニューを開いて俺の前に見せてきた。土曜日でもランチセットをやっているらしく、どのメニューも本当に千円以下だった。名前を見ただけだとなんの事だか分からないけれども、写真が付いているから大変わかりやすいメニュー表になっていた。

「中学の時、部活帰りによってたんだ」
「ああ、東中(がっちゅう)のエリアだもんなここ」
「そ、だからこの店、東中(がっちゅう)の男子は大抵知ってる」
「へー」

 そんなふうに話す伊知郎は、なんだかとっても嬉しそうで、俺はあったこともない。これからも顔を合わせることなんてないであろう、伊知郎のかつての同級生や部員達に軽い嫉妬のような感情を抱いていた。一緒に汗を流しただけだなく、一緒に飯まで食べていたなんて、羨ましすぎる。俺なんか、まだ、一度だって弁当さえ食べたことがないって言うのに。

「ボリュームたっぷりだから、どれ食べても損はしないぜ」

 伊知郎にそう言われ、俺は慌ててメニュー表に目線を戻した。壁のアチコチにもメニューが貼られているのだが、どれもこれも漢字だらけなのでなんの事だか分からない。

「うまそー」

 写真を見ると、どれもこれも大盛りで大変美味しそうに見えるのである。作っている人達は恐らく中国から来た人たちなんだろうことは、厨房に向かってオーダーを叫んでいることからもよくわかる。何を言っているのかさっぱり分からないのだ。

「あっ」

 伊知郎が、パラパラとめくるメニュー表の中の写真のひとつに俺の目線が止まってしまった。

「お、いいのに気がついた?」
「これ、凄い」
「食えんの?」
「だって、ラーメン唐揚げセットって」
「ここの唐揚げデカイよ?」
「写真見れば分かる」
「ワンパクだなぁ」
「いやいや、男子高校生の食欲舐めちゃいかんよ」
「いけんの?」
「あー、中華丼唐揚げセットも捨て難い」

 俺はその隣のページのご飯ものに目が行ってしまった。チャーハン唐揚げセットも捨て難いが、寒い冬なので、熱々の中華丼は魅力的である。

「ラーメンは醤油だけじゃなくて、広東風と味噌から選べんだぜ」
「うっ、広東風も捨て難い」
「だろー?味噌も熱々で美味いんだよ。ここ」
「悩ませんなよ」
「悩め悩め」

 伊知郎が、ここぞとばかりに俺を煽ってきた。くっそー、これが常連との格差か。

「悩ましいところだが、ここは中華丼唐揚げセットだ」
「男だねぇ。俺はラーメン唐揚げセット味噌だな」

 伊知郎はそういうと、高々と右手を上げて店員さんを呼んだ。そうして慣れた感じで注文をすると、ソワソワとした感じで厨房の方に顔を向けた。

「見える?」
「え?」
「厨房」
「ああ」

 伊知郎に言われるままに、俺は厨房の方を見た。

「うわ」

 伊知郎に言われた通り厨房を見てみれば、なべの下から炎が上がり、テレビでよくみる本格的な中華料理の厨房そのものだった。

「ちょっとエンタメ要素があって楽しいだろ」

 伊知郎はそんなことをいいながら、コップの水をちびちび飲んでいる。真ん中にウォーターサーバーが置かれていて、客席はコの字型に壁際に配置されている店の作りになっていた。そんなに店内に行き交うのは耳馴染みのない中国語である。まさか自分の住んでいる街にこんな店があるだなんて知らなかった俺は、軽いカルチャーショックを受けていた。

「学区じゃないから知らなかった」
「そーだろーなぁ。南中(なんちゅう)のやつがこの店に来たの見たことないもんな」
「そうなんだ」
「ギリ北中(きたちゅう)のサッカー部ぐらいかなぁ」
「ああ、サッカー場があるもんな」
「学校から来る時の通り道だからな。あの道通らないと気が付かないだろ」
「確かに。俺、あの道初めて走った」
「おお、優一の初めていただきました」

 そう言って伊知郎が、俺に拝むような仕草をするものだから、なんだか恥ずかしくなって俺は目線を逸らしてしまった。

「照れてんの?」
「なっ、うっさい」
「過剰反応ー」

 伊知郎がここぞとばかりに俺の事をからかい始めて、俺はなんだか顔が熱くなってしまった。それを誤魔化すためにコップの水を思わず飲み干してしまった。

「水くんでくる」

 俺はコップを手にして立ち上がると、ついでに伊知郎のコップも持って水をくんできた。

「ありがと」

 ニヤニヤしながら礼を言う伊知郎に、ちょっとムッとした顔を向ける。

「あれ?コレ俺のコップだったかな?」

 そんなことを言って俺の渡したコップを持ち上げてマジマジと眺め始めた。いや、右手に自分のコップで左手に伊知郎のコップを持っていったはずだから、俺のコップは今俺の右手にあるコップで間違いないはず。

――え?渡し間違えた?

 そんなに態度を取られると、急に不安になるというものだ。俺は急に不安になって、自分の右手で持っているコップを見た。どっちも同じコップ出し、絶対に俺は自分のコップを右手で持ったはずだ。

「ちょ、待て」

 俺は伊知郎の手から水の入ったコップを取り上げて、見比べてみた。いや、見比べたからと言って違いなんてわかるはずもないのだけれど。

「オマタセ、シマシタぁ」

 そんなことをしていると、俺たちの料理が運ばれて来てしまった。

「ラーメン唐揚げセット」
「はい」

 伊知郎が手をあげると、熱そうな味噌ラーメンに拳ぐらいの大きさの唐揚げが二個のったお盆が置かれた。

「中華丼唐揚げセットネー」

 そう言って俺の前に置かれたのは、山のように盛られた中華丼とやはり拳ぐらいの大きさ唐揚げが二個乗ったお盆だった。