嫁と呼ばれたい俺はぬい活で告白したいと思います

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「お待たせ」

 土曜日、市内の図書館で俺と伊知郎は待ち合わせをしていた。そう、学年末テスト対策である。

「まだそんなに混んでない」
「良かった」
「飲み物はいいんだっけ?」
「改定されて、ペットボトルとか蓋が閉まるやつなら大丈夫になった」
「ほんとだ。入口に貼られてる」
「このイラスト、絶対コーヒーショップの意識して書かれてるよな」
「本当だ。なんで図書館の人って無駄にイラスト描くの上手いのかな?」
「それもそうだな」
「司書になるのに画力も求められてるの?」
「聞いたことないけど。国家資格だろ?司書って」
「専門職の勉強大変そうだな」
「でも、本が好きならいいよな」
「確かに」

 そんな会話をしながら、俺と伊知郎は図書館の中に入っていった。土曜日の午前中だけあって、まだ人気はそんなにはなかった。市の図書館だけあって、蔵書の関係からものすごく広い。

「一般閲覧席だから、予約なしでいいのか」
「そうだね」

 そんなことを話していると、受付の人に本人確認を求められた。どうやら図書館の本にイタズラをする人が増えてきた対策で、入館するだけでも本人確認をされてしまうらしい。俺は中学の頃に作った図書館のカードを財布から取り出した。

「あ、ずりーな。さすがは優等生。既に図書館カードを持っているとは」

 伊知郎は何故か持っていなかったらしく、生徒手帳を見せて本人確認をされていた。

「市内在住の方か市内の学校、企業にお勤めの方しか利用出来ないんですよ」

 そう説明されて、伊知郎は納得したようだ。

「中学の職場体験で来なかったの?」
「え?職場体験?俺ガソリンスタンドだった」
「そうなんだ」

 そんな話をしながら、一般席に座った。

「なんで窓際?」

 受付の人に空いている席を利用するよう言われたので、なんとなく奥の方がいいかな。ぐらいに俺は思っていたのに、伊知郎はなんの迷いもなく窓際の席に座ってしまった。仕方が無いのでいつもの習慣でその隣に座る。

「なんで隣?」
「え?いやいや、一緒に勉強するのに隣じゃないとか、意味不明」

 俺がそう答えると、伊知郎が人差し指を唇に当てる仕草をしてきた。咄嗟に入口の方を見てみれば、受付の人がこちらを見ていた。

――やらかした。

 俺は気まずくて伊知郎の隣で背中を丸めてしまった。そんなことをしても、でかい声で喋っていたのは俺であると既にバレているのだけれど。慌てていつものノートを取り出して、シャーペンで文字を書く。

《なんで、まどぎわなんだよ》
《あったかいから?》
《まぁ、そうかもしれないけど》
《外見えて、いいじゃん》
《学校も?》

 俺は勢いでそのまま疑問をぶつけてみた。

《学校?》
《学校も、ずっとまどぎわじゃん》
《あ、ね》

 伊知郎はそう書いたあと、シャーペンを手のひらの中でクルクルと回し始めた。何やら考え込んでいるのがわかる。俺はそんな伊知郎の様子を隣で眺めることしか出来なかった。

《こくばん、見やすいだろ?》
《こくばん?》
《そ、こくばん》

 言われてみれば、廊下側は窓からの光のせいで黒板の文字が見にくい時がある。だから冬場はカーテンがつねに閉められているわけなんだけれど、まさか、そんな理由で?

《まわりを気にしなくていいし》
《まわり?》
《一番前なら、まわりのやつら、見えないだろ?》
《なんで?》
《インキャ、だから?》

 そう書き込んで、伊知郎は小首を傾げる仕草をした。

《あのせき、人気ねーんだよ》

 そしてさらに書き込んできた。

《人気がない?》

 座席に人気なんてあるものなのだろうか。俺はちょっと理解できなかった。

《あのせき、せんせーの机の前じゃん?だから、用事をいわれるのよ》
《そうなんだ》
《あとはー、テストのとき、せきをいどうしなくてもいーからなー》

 なるほど。確かにそうだ。テストの時は出席番号順に座るから、あそこに座っていれば、伊知郎は移動する必要がない。ちょっとした小テストでも出席番号順に座らせる教師はいる。特に英語だけど。

《テストのわだいが出たところで》

 そこまで書いて、俺はカバンの中からこの一年間のテストの問題用紙を取り出した。中学の頃のくせで、テスト用紙はファイルして保管してあるのだ。もちろん、一緒に解答用紙も保管してあるから、俺のテスト結果が丸わかりである。

《コピーしてくるから》
《コピー?なんで?》
《二人でどーじにできないじゃん》
《ちがうきょーか、すればよくね?》
《まとめて答え合わせするってこと?》
《そんなカンジ?》
《わかった》

 俺はファイルから問題用紙を外して教科ごとに置いてみた。四人がけのテーブルだから、なかなか広くて使いやすい。

《じかんは、いちきょーか30分な》
《わかった。いちがっきのちゅーかんからね》
《OK》

 俺と伊知郎はそんなやり取りをすると、問題用紙を半分に分けてそれぞれの脇に置いた。回答はノートに書く。書き方は自由だけど、問何問目の回答かは分かるように番号を書いて回答を書き込むことにする。俺は一応この日のために新しいノートを買ってきた。

《使う?》

 そう書いてそっとノートを差し出した。

《え?》
《がくねんまつテストたいさく用ノート》
《教科ごとに》

 5冊セットで買ってきたノートだ。まぁ、国語なら現代と古典で同じノートでもいいとは思う。本屋でノートを買おうとしたら、レジに会計に図書カードが使えると書かれていたので、確認したらノートでも使えると言われたから、思わず伊知郎の分まで買ってしまったのだ。

《オレのも?》
《めいわくだった?》
《いや、マジありがたい》
《よかった》
《ノートなんて考えてなかった》

 伊知郎が喜んでくれて、俺は心の中でガッツポーズをした。最悪断られる覚悟があったからだ。勉強道具であるノートなんて、学生なら持っていて当たり前のアイテムだからこそ、値段もわかるというものだ。高校生の小遣いで買うものではなく、親に買ってもらうアイテムである。それを差し出されたら、普通断るだろう。なにしろ突然のプレゼントである。理由の分からないプレゼントなんて、俺だったら気持ち悪くて断る。だって、このノートには俺の下心が入っているからだ。

《一緒にべんきょーしてくれるから》
《は?》
《だから、勝負しよー》
《なになに?いみわかんねー》
《ノート、先にうめつくした方の勝ち》
《なにそれ》
《そのほーが、面白いだろ?》

 俺がノートは勝負のためのアイテムなんだと説明すると、伊知郎は少し考え込むような仕草をして、シャーペンをクルクルと回し始めた。何回かシャーペンが回ったあと、伊知郎の手が動き出す。
 カッカッカッ
 小気味の良い音が響き、伊知郎がノートに返事を書いてくれた。

《わかった。負けた方がなんでもひとつ言うこときく。ってどー?》

 伊知郎の書いた文字を俺の目が何度も追う。読めるんだけど、読めるんだけどっ。

――なんでも一つ言うこと聞くのぉ。

 俺はその言葉で頭の中がいっぱいになったのだった。