嫁と呼ばれたい俺はぬい活で告白したいと思います

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「高橋、チャリ通だったんだ」

 俺は思わず口に出してしまった。さっきまでのドキドキを帳消ししたくって、何か喋らないと落ち着かなかったからだ。今は違う意味でまたドキドキしてしまっていることはもちろん内緒である。

「今更?」

 高橋が呆れたような顔をした。

「毎日さぁ、隣に停まってる自転車が同じ型だなぁって思わなかったわけ?」

 言われて見れば、俺と高橋の自転車は同じ型だった。そして、後輪のカバーに貼られたステッカーを見てみれば、同じ市内の別の中学のステッカーが貼られていた。

「マジで優等生は薄情だなぁ。新学期のホームルームの自己紹介で出身中学を言ったのに、覚えてもくれなかったわけ?俺はちゃんと覚えていたのにさぁ」

 高橋が俺をからかうように言ってきた。

――ホームルームの自己紹介?

 そんなはるか昔の記憶なんて、覚えているはずが、いやある。その時は、高橋の下の名前に耳ダンボだったのだ。そう、俺の耳に聞こえていた『伊知郎』の響きである。その瞬間、俺はクラス名簿に釘付けになったのだ。何こいつ、伊知郎って書くのかよ。マジかよ。羨ましい。そんな事に気を取られ、俺は高橋の自己紹介を書き留めるのを怠ったのである。そう、今更なことなのだけれど、俺の記憶には『伊知郎』しか残らなかったのだ。

「ご、ごめん」

 俺は思わず謝ってしまった。いや、謝るしかないだろう。推しとか、言いつつ出身中学も知らなかったなんて、酷すぎるだろう。失態が過ぎて俺は頭が真っ白になってしまった。

「俺はさぁ、同じ市内の出身者が同じクラスに一人いて、しかもそいつが首席入学で結構浮かれてたんだよねぇ。まさか自分が一番に自己紹介したからって、他の奴の挨拶聞いてないとか思いもよらなかったわぁ」

 鋭い指摘である。
 実はまさにその通りなのだ。俺は新入生代表挨拶をした上に、一年一組出席番号一番に緊張していたのである。席順がまさか廊下側から横に窓側に進んで行くとは思っていなかったのだ。そして当然の如くホームルームでの自己紹介は出席番号順で、俺が最初だった。出身中学を言うルールだったから、それと中学の時の部活を言ってそうそうに終わらせたのだった。名簿を見て、クラスメイトの名前、特に男子生徒の名前を順に見て俺は落胆したのである。みんな何かしらカッコイイ名前なのだ。そう、俺は高橋の指摘通り、名前にコンプレックスがある。優一なんてザ・昭和って感じがこの令和の時代に古臭い。一周まわってエモいとかでもない。

「ごめん、俺……」
「やっぱり優等生は名前にコンプレックス持ってんだ」

 高橋があっさりと言ってくれた。

「優一ってことは、長男?弟いるの?」
「いない。妹が一人」
「うわぁ『一』の無駄使い」
「それ言うなよ。気にしてんだから」
「俺の『伊知』は単なる当て字だけど」

 高橋が軽く笑みを浮かべながら言ってきた。

「当て字……」

 そんな羨ましいことがあるんだ。というのが俺の率直な感想である。

「まぁ、ようやく優等生に俺を覚えて貰えたから良しとするかな」

 なんて言いながら、高橋はカバンの中から赤い何かを取り出して、頭から被るとそこから顔を出してきた。

「あっ」

 思わず俺は指さしてしまった。

「お、俺も持ってる」

 慌ててカバンから取り出したのは風よけのネックウォーマーだ。内側が発熱素材でできていて、軽くて暖かい。まさに冬のチャリ通必須アイテムなのだ。

「アレ?なんで黒?」

 俺のネックウォーマーを見て高橋が首を傾げた。

「なんで?」

 高橋の疑問の意味がわからず、俺はそのまま聞き返した。黒じゃダメなのか?色違いのお揃いでもいいと思うんだけどな。このネックウォーマーは某スポーツブランドが出しているので、運動部男子に人気だったのだ。薄い色は汚れが目立つから、必然的に黒や紺色などの濃い目の色を選ぶのが当たり前だと思っていたのに。

「なんでって、運動部だったら学校カラー選ぶっしょ」
「学校カラー?」
「そう。俺ら東中(がっちゅう)は東から登る朝日ので学校カラーは赤。だから運動部のユニフォームは赤が基本カラーだったから、それに合わせて赤!」

 自慢げに赤いネックウォーマーを見せつける高橋に対して、俺は未だに学校カラーがピンと来ていなかった。なんだそれ?

「いや、学校カラーって」

 戸惑う俺の顔を高橋が覗き込む。

「え?もしかして優等生、運動部じゃなかった?それなのにそのネックウォーマー買ったの?」
「いやいや、俺中学の時はテニス部」
「テニス部だったらユニフォームあったっしょ」
「上は白のポロシャツで、下は学校のハーパンよ」
「白?南中(なんちゅう)は学校カラーオレンジだったはず」
「オレンジ?そんな派手な色のユニフォームなんて……あ」

 俺はようやく思い出した。サッカー部や野球部のユニフォームがやたらと派手なオレンジ色だったことを。練習試合なんかをテニスコートから眺める度に新鮮な驚きがあったのだ。そして内心あんな派手なユニフォームなんか恥ずかしくて着られない。と言う思いだった。

「なになに?またもや優等生は学校カラーを忘れていたってことかな?」
「ううううう」

 高橋に指摘され、俺は頭を抱えた。まさにその通り過ぎて返す言葉もないとはこのことである。

「まぁ、そんな所が優等生らしいよ」

 そう言って高橋が、高橋が、高橋の手が俺の頭を撫でた。

「優一、俺の名前は優一だから」

 俺は照れ隠しに自分の名前を叫んでいた。

「名前、呼ばれたかったの?てっきりコンプレックス拗らせて自分の名前が嫌いなのかと思っていたよ」

 赤いネックウォーマーから見え隠れする高橋の口元が軽く笑っているように見えた。

「んなわけないじゃん。俺が嫌いなのは名前の漢字の『一』だけだから」
「そっか、そっか。わかったよ。優一」

 高橋が、俺の名前を、呼んだ。名前を呼ばれてしまった。推しが俺の名前を呼んだ?

「分かればいいんだよ。伊知郎」

 俺はそれだけ言うと、黒いネックウォーマーを引き上げて鼻まで隠した。

「じゃあ、帰ろっか。優一。校門まで」
「そうだな。伊知郎。校門まで」