この街には、1匹の野良猫がいる。
その猫には、出会う人の数だけ名前があった。
最初に見つけたのは誰だろうか。
もしかしたら、私の父かもしれない。
ある朝、寝ぼけながら部屋を出ると、新聞配達から帰ってきた父が話していた。
「今日、配達中に猫がいたんだよ。凄く大人しくて。種類な何かな?三毛猫にも見えるし、別の種類の可能性もあるが。凄い可愛かったんだ。」
朝ごはんの食パンをかじりながら、楽しそうに話をしている。それが、私にとって「ねこさん」の出会いだった。
その後だった。学校の帰り道。幼馴染のまいちゃんに連れられてきたのは、父が話していた猫だった。
最初は怖くて、手を出すどころか動けなかった。
その日々が何日か続いた。だが、ある時、まいちゃんに促され、勇気を振り絞り触ってみることにした。
怖くてたまらなかったが、猫は優しく暖かかった。
「ねこさん」思わず出た名が、これだった。まいちゃんは「みーちゃん」だと怒っていた。だが、不思議と「ねこさん」という名を気に入ったのか、悪くないという表情をしていると分かった。それが通じ合たようで嬉しかった。
そこから、猫を観察するようになった。
私の担任だった、梅本先生は「あめ」と呼んでいた。
どうしてあめなのか不思議に思い、訪ねてみた。すると、答えは単純で……。
「いつも、雨の日にいるから。」
捻りの無さに、思わす驚いてしまう。でも、雨の日の先生は、優しいと評判が良かった。
だから、皆願った。
「明日は、雨が降りますようにと。」
美里さんは、梅本先生の妹だ。
先生とは真逆の、コミュニケーション能力抜群の女性だ。
それは、猫にも例外なく自己紹介をするほどの人物で、嫌いな人はいないと錯覚するほど明るく愛されている。
夏休みの朝、そんな美里さんがものすごい勢いで、ねこさんに猫缶を差し出す光景を目にした。
「ぶち、昨日は本当にごめん!」
どうやら、昨晩ねこさんに酔っぱらった勢いで悪がらみをしてしまったらしい。
ねこさんは、全然気にせず、猫缶へ夢中になっていたが、美里さんの意外な姿に驚いた。
知らない姿を見せる、猫さんの存在に驚かされた。
そして、このとき改めて感じた。
人によって、猫の名が違うことに。
好きなこと、あこがれを元に名を付けた人もいた。
消防署の隊員である、今野さんと間宮さんは、誰かを助けるヒーローになれるようにと「ヒロ」と呼んでいた。
そして、トランペットが大好きな琴音さんは、いつもそばで聴いてくれるねこさんに、「おと」と名付けていた。
ある老夫婦は、昔飼っていた猫の名「もち」と名付けていた。
理由は、とても愛らしく、雰囲気が似ていたから。
それぞれが、思いを込めて名付けた名。
ねこさんは、どう思っていたのだろうか?
人間のエゴかもしれないが、皆の名を好きでいてくれたら嬉しいなと思う。
少しずつ、空気が暖かくなり、桜のつぼみが膨らみ始める季節。
高校3年生、3月のことだ。
卒業式の次の日。私は、新しい街へ向かうため、周りを散策しながら別れを惜しんでいた。
そして、いつもお昼寝している道路に足を運ぶ。
そこには、いつも通りお昼寝をしているねこさんがいた。
出会ったころに比べると、起きている姿を見るのが、減った気がする。
これは、時を重ねてきことを実感させた。
「こんにちは、ねこさん。」
私は、優しく頭を撫でる。
すると、私に気づき尻尾をゆっくり1回振った。これは、ねこさんなりの挨拶だと受け取っている。
相変わらずのマイペース具合に癒される。すると、無性に寂しくなった。あぁ、これで会うのは最後かもしれないと。
私は、目が熱くなるのを感じながら、なんとか堪えつつ話を続けた。
「ねこさん。私、今日でこの街を出るんだ。東京へ行って、頑張ってこようと思う。でも……。」
怖い。寂しい。そんな締め付ける感情が押し寄せてくる。いつも一緒だった、家族と離れて一人暮らし。知り合いもいない。一人で生きていかなくちゃいけないんだと。私は、不安で押しつぶされそうになる。気づいたら、俯いてねこさんを見られなくなっていた。
すると、ゆっくりと立ち上がり、私の右手に頭をこすりつけてくる。そして、尻尾を何度も振りながら優しく微笑んでいるように見えた。
「もしかして、大丈夫ってこと?」
私の問いに「み~。」と鳴く。
ねこさんの返事に、思わず笑みがこぼれた。あぁ、やっぱり凄いな。私はよし!と気合いを入れる。
「ありがとう、ねこさん!私、頑張ってくる。」
ねこさんは、頑張れと言ってくれているのだろうか?じっと私を見つめながら、2回瞬きをした。
「じゃあね。行ってきます!」
私は、手を振り家路に向かう。すると、優しく温かい声が、聞こえた気がした。
「いってらしゃい。」
私は、思わず振り返る。
すると、ピンと背筋を伸ばしたねこさんが、微笑んでいるように見えた。
これが、名前の数だけ愛された猫の物語。
私は、またねこさんに会いたくて、この物語を書いている。
これは、私の我がままかもしれない。
それでも、この話を紡ぐと、1匹の猫がまた会いに来てくれる。
そして、こう問うのだろう。
「君は、僕を何と呼ぶ?」
その猫には、出会う人の数だけ名前があった。
最初に見つけたのは誰だろうか。
もしかしたら、私の父かもしれない。
ある朝、寝ぼけながら部屋を出ると、新聞配達から帰ってきた父が話していた。
「今日、配達中に猫がいたんだよ。凄く大人しくて。種類な何かな?三毛猫にも見えるし、別の種類の可能性もあるが。凄い可愛かったんだ。」
朝ごはんの食パンをかじりながら、楽しそうに話をしている。それが、私にとって「ねこさん」の出会いだった。
その後だった。学校の帰り道。幼馴染のまいちゃんに連れられてきたのは、父が話していた猫だった。
最初は怖くて、手を出すどころか動けなかった。
その日々が何日か続いた。だが、ある時、まいちゃんに促され、勇気を振り絞り触ってみることにした。
怖くてたまらなかったが、猫は優しく暖かかった。
「ねこさん」思わず出た名が、これだった。まいちゃんは「みーちゃん」だと怒っていた。だが、不思議と「ねこさん」という名を気に入ったのか、悪くないという表情をしていると分かった。それが通じ合たようで嬉しかった。
そこから、猫を観察するようになった。
私の担任だった、梅本先生は「あめ」と呼んでいた。
どうしてあめなのか不思議に思い、訪ねてみた。すると、答えは単純で……。
「いつも、雨の日にいるから。」
捻りの無さに、思わす驚いてしまう。でも、雨の日の先生は、優しいと評判が良かった。
だから、皆願った。
「明日は、雨が降りますようにと。」
美里さんは、梅本先生の妹だ。
先生とは真逆の、コミュニケーション能力抜群の女性だ。
それは、猫にも例外なく自己紹介をするほどの人物で、嫌いな人はいないと錯覚するほど明るく愛されている。
夏休みの朝、そんな美里さんがものすごい勢いで、ねこさんに猫缶を差し出す光景を目にした。
「ぶち、昨日は本当にごめん!」
どうやら、昨晩ねこさんに酔っぱらった勢いで悪がらみをしてしまったらしい。
ねこさんは、全然気にせず、猫缶へ夢中になっていたが、美里さんの意外な姿に驚いた。
知らない姿を見せる、猫さんの存在に驚かされた。
そして、このとき改めて感じた。
人によって、猫の名が違うことに。
好きなこと、あこがれを元に名を付けた人もいた。
消防署の隊員である、今野さんと間宮さんは、誰かを助けるヒーローになれるようにと「ヒロ」と呼んでいた。
そして、トランペットが大好きな琴音さんは、いつもそばで聴いてくれるねこさんに、「おと」と名付けていた。
ある老夫婦は、昔飼っていた猫の名「もち」と名付けていた。
理由は、とても愛らしく、雰囲気が似ていたから。
それぞれが、思いを込めて名付けた名。
ねこさんは、どう思っていたのだろうか?
人間のエゴかもしれないが、皆の名を好きでいてくれたら嬉しいなと思う。
少しずつ、空気が暖かくなり、桜のつぼみが膨らみ始める季節。
高校3年生、3月のことだ。
卒業式の次の日。私は、新しい街へ向かうため、周りを散策しながら別れを惜しんでいた。
そして、いつもお昼寝している道路に足を運ぶ。
そこには、いつも通りお昼寝をしているねこさんがいた。
出会ったころに比べると、起きている姿を見るのが、減った気がする。
これは、時を重ねてきことを実感させた。
「こんにちは、ねこさん。」
私は、優しく頭を撫でる。
すると、私に気づき尻尾をゆっくり1回振った。これは、ねこさんなりの挨拶だと受け取っている。
相変わらずのマイペース具合に癒される。すると、無性に寂しくなった。あぁ、これで会うのは最後かもしれないと。
私は、目が熱くなるのを感じながら、なんとか堪えつつ話を続けた。
「ねこさん。私、今日でこの街を出るんだ。東京へ行って、頑張ってこようと思う。でも……。」
怖い。寂しい。そんな締め付ける感情が押し寄せてくる。いつも一緒だった、家族と離れて一人暮らし。知り合いもいない。一人で生きていかなくちゃいけないんだと。私は、不安で押しつぶされそうになる。気づいたら、俯いてねこさんを見られなくなっていた。
すると、ゆっくりと立ち上がり、私の右手に頭をこすりつけてくる。そして、尻尾を何度も振りながら優しく微笑んでいるように見えた。
「もしかして、大丈夫ってこと?」
私の問いに「み~。」と鳴く。
ねこさんの返事に、思わず笑みがこぼれた。あぁ、やっぱり凄いな。私はよし!と気合いを入れる。
「ありがとう、ねこさん!私、頑張ってくる。」
ねこさんは、頑張れと言ってくれているのだろうか?じっと私を見つめながら、2回瞬きをした。
「じゃあね。行ってきます!」
私は、手を振り家路に向かう。すると、優しく温かい声が、聞こえた気がした。
「いってらしゃい。」
私は、思わず振り返る。
すると、ピンと背筋を伸ばしたねこさんが、微笑んでいるように見えた。
これが、名前の数だけ愛された猫の物語。
私は、またねこさんに会いたくて、この物語を書いている。
これは、私の我がままかもしれない。
それでも、この話を紡ぐと、1匹の猫がまた会いに来てくれる。
そして、こう問うのだろう。
「君は、僕を何と呼ぶ?」
