僕には、たくさんの名前がある。
 みけ、たま、ぶち……あと、なんだっけ?

 空がオレンジ色に染まるころ、決まって赤い箱を背負った人間が二人、僕の前にやってくる。
 毛並みの短いほうは、ためらいもなく僕の頭を勢いよく撫でてくる。もう一人は、毛並みが長くて、いつも少し怖い顔をして立っていた。

「今日もここで寝てたの~、みーちゃん。」
 みーちゃんと呼ぶその子の手は、いつも少し痛い。けれど、呼んでくれないほうの子は、ただ黙ってそばにいるだけだ。

「ねぇ、ゆうちゃんも撫でてみて! 可愛いよ!」
「でも、まいちゃん、怖いよ。」
「大丈夫! ほら!」

 僕の許可なく触るよう促している。まぁ、痛くしないならいいけど。
 僕は、毛並みの長いゆうちゃんを見つめた。
 すると、彼女はおそるおそる手を伸ばし、そっと僕の頭を撫でた。

「……柔らかい。」

 さっきまでこわばっていた顔が、ふっとほどける。
 これは、嬉しいときの顔だろうか。初めて見た、ゆうちゃんの笑顔。悪くないな。

「可愛いね、ねこさん。」
「え~! この子は、みーちゃんだよ!」

 まいちゃんが文句を言う。けれど、僕には“ねこさん”という名前が少しだけ嬉しかった。
 たぶん、それは初めて呼んでくれたから。

「じゃあ、またね!」
 二人は、夕焼けの向こうへ走っていった。

 翌日、また空がオレンジに染まるころ、いつもの二人がやってくる。
「ただいま、ねこさん。」
 ゆうちゃんが、最初に僕を撫でた。今日は、いつもと逆だ。

「あ! 先にずるいよ!」
 まいちゃんが少し怒る。
 まぁ、まいちゃんの手は少し痛いけど、嫌いじゃないよ。

 僕は、伝わらなくてもいいと思いながら、心の中でつぶやく。
「おかえり、ゆうちゃん。まいちゃん」
 どんな名でも、呼ぶのも、呼ばれるのも――嬉しいものだ。