血の気(き)が多い下級妃ですが、吸血鬼な冷徹皇帝に過保護に溺愛されています

 偉龍にはじめて吸血された夜から数日後。
 早くも明玉は賢妃としての宮へ移っていた。
 数人の妃で一つの宮を利用していた下級妃とは違い、四夫人である上級妃となった今は宮一つが丸ごと明玉の居住地である。
 今までいなかった女官もつかざるを得なくなったが、それでも明玉付きの女官になりたいという者はいなかったのだろう。この広い宮を管理するには数十人の女官がつくのが普通なのだが、明玉につけられたのは筆頭女官に羅詩夏(ラシーシ)という真面目そうな女性と、その部下として賑やかな三つ子の姉妹だけという状態だった。
「いくらなんでも四人は少な過ぎません⁉︎」
「掃除などは下女にある程度割り振れるとしても、上級妃の女官が四人なんて……あり得なさ過ぎますわ」
「普通に一人の仕事量が多くて無理なんですけど!」
 一応主人である明玉の前でも姦しく愚痴を言う三人組を、詩夏が切れ長な目でぎろりと睨んでいる。
 詩夏はともかく、三つ子はどこかの部署から厄介払いされたのかもしれない、と思ってしまうような光景に、明玉は苦笑いを浮かべることしか出来なかった。
 なんにしても、毎日血を流して宮城に穢れをまき散らしているなどという噂のある自分に仕えてくれようというのだ。それだけで明玉にとっては貴重な人材だった。
 なので、手が回らないと嘆く三つ子に明玉は「私も手伝うわよ?」と申し出る。
 だが、筆頭女官である詩夏がそれを許さなかった。
「それはなりません。林賢妃様を主人として認められるかどうかは別としても、女官には女官の矜持というものがごさいます。どんなに忙しかろうと、賢妃様に女官の仕事などさせられません」
 暗に認めていないなどと、少々不敬とも取られることを口にする詩夏だが、言葉の通り女官としての仕事に誇りを持っているのだろう。女官や下女のするような仕事を明玉にさせるわけにはいかないと、頑として譲らなかった。

「で、結局この広い宮の広い一房(ひとへや)で一人寂しく読書をしているというわけか」
 申し出た手伝いを禁止され、自房(自分の部屋)で一人でいる所に現れたバンへ、明玉はここ数日の出来事をかいつまんで話した。
 宮を移るとなってからのこの数日、明玉の周りには常に誰かがいたためバンと話ができるような状況を作ることができなかったのだ。
 呆れたような物言いをする蛇のバンに、明玉は持っていた書物を開く。
「読書ではなく勉強ね。上級妃となったからには他の妃嬪たちの手本となるような教養を身につけなければならないからって、詩夏が置いていったの」
 一応明玉の家――今は叔父家族の家となっているが――はそれなりに裕福であったため、ある程度の教養は身に着けている。だが、せいぜい中級妃程度のものだ。
 上級妃となると更に細かく洗練された所作を身に着けねばならないということで、まずは書物で予習しておけと渡されたのだ。
 明玉は血を望まれただけなのでこのような勉強をする必要はないのだが、偉龍と自分の秘密を話すわけにはいかないため素直に読んでいるというわけだ。
(それに、手伝いも禁止されたから他にすることがないのよね)
 もとより読書は嫌いではない。知識が増えるのは純粋に嬉しいし、ある病の治療法として瀉血という方法があることを知ったのも書物からだった。
 教養に関する書物が今の明玉に本当に必要なのかはさておき、知識を蓄えておいて損はないだろうと視線は文字を追う。
 そんな明玉にバンはため息を吐くように項垂れてから、分かったと頷いた。
「とにかく現状は理解したよ。割れた血壺に関してはすでに回収している。もう必要ないかもしれないが、直したら一応また渡しておくとしよう」
「うん、ありがとう」
 書物から視線を外し礼を言うと、バンは鎌首をぐっと伸ばし明玉を見上げる。そしてもう一つ明玉が気にしていたことに答えてくれた。
「あとは皇帝が霊薬である明玉の血を飲んでなにか変化があるんじゃないかという話だったが……まあ、とりあえずは問題ないんじゃないか?」
 思っていたより軽い調子で答えられ、明玉は数回瞬きする。いいの? と聞く前に、バンは理由を簡単に説明してくれる。
「飲んだ当人に明らかな病でもあるのなら、たちまち治ってしまうことでおかしいと思われるだろうが、皇帝は吸血鬼である以外は健康なのだろう?」
「え? ええ、少なくとも何か持病があるようには見えなかったわ」
「それなら目に見える変化があるとは思えないし、万が一あったとしても良いことのはずだ。霊薬なのだから」
「……それもそっか」
 確かに、霊薬を飲んで悪い影響が出るとは思えない。それならばバンの言う通り特に問題はないだろう。
 納得し、また書物に視線を落とすとバンが「それよりも」と呆れと心配の間のような声で聞いてくる。
「明玉は吸血などされて問題ないのか? 瀉血とは違い首を噛まれて吸われるのだぞ? 怖くはないのか?」
「こっ、怖くは、ないわよ?」
 吸血されることを深く聞かれるとは思っていなかった明玉は、思わず声を上ずらせてしまう。
 この数日、初めて血を吸われたあの日から毎夜行われている吸血行為を思い出し、顔に熱が集まるのが自分でも分かった。
「……そうか」
 幸か不幸か、バンは何かを察してそれ以上を聞いて来ることはなかったが、明玉は熱くなった顔を冷ますのに少し苦労するのだった。

 硬い男の手が、明玉の肩に触れる。
 その力強い手は明玉を逃がさないためかしっかりとその細い身体を抱きしめた。
 思わず息を詰め身を固くする明玉を気に留めることなく、男――偉龍はその唇を彼女の首筋に寄せる。
 吐息がかかると、かすかにむず痒いような感覚が湧きあがり、明玉は「んっ」と小さく声を漏らしてしまった。
 恥ずかしい、と思う暇もなく与えられたのは痛み。偉龍の牙が、明玉の首筋に食い込んだのだ。
「うっくぅ……」
 痛みに耐えるため呻いたが、痛いのは咬まれた瞬間だけで、その後は多くなった血が流れ出る感覚に身体がすぅ、と楽になっていくのみだった。
 初めて吸血された日は熱く辛い状態だったので、この楽になっていく感覚が強かったが、あの日ほどに辛くない今は他にも感じるものがある。
 吸血されているだけと分かってはいるのだが、首筋を吸われるという行為はそれだけで恥ずかしいものだったのだ。
 ごくり、と自分の血を偉龍が嚥下する音を聞き、また吸われる感覚に恥ずかしさからどきどきと心臓の鼓動が速くなる。
 吸血が終わり、満足げな吐息が首筋にかかると、明玉は恥じらいから顔を伏せ、その赤くなったであろう顔を隠すように偉龍の胸に額をつけた。
 そうすると、なぜか偉龍は腕を明玉の背に回し抱きしめてくるのだ。
 それもまた恥ずかしく、尚更顔を上げることができない。
 吸血自体は利害一致なためなんの問題もないが、その行為からくる恥じらいには少々困らされている状態だった。
(私は偉龍様の食糧! あくまで食糧扱いなのよ!?)
 自分に言い聞かせるようにいつもそう心の中で繰り返し、明玉は熱くなった顔を冷ましていくのだ。