私がその家に越してきたのは、今年の三月下旬だった。亡くなった祖母の住んでいた二階建ての住居を、管理のついでに住むことと決まったのだ。
鹿児島の大隅半島にある小さな町で、その家は他と比べて何か特筆すべき点もないまま佇んでいるだけである。僕の方もたいして荷物はなかったから、引っ越しはすぐに完了した。僕もちょうど、祖母の家からはそんなに離れていない場所に暮らしていたということもある。
引っ越しの終わる日、母親が久しぶりに私を訪ねてやってきた。母は父と共に頴娃町というそれなりに離れた場所に住んでいるから、会う機会は滅多にない。今度の引越しについても、いつも通り電話やメールでやり取りをするのが主だった。どうして直接会いにきたのかと、訝しく思う。
「もしかしたら、おばあちゃんは何か隠し事をしていたんじゃないかと思うんだよ」
玄関先で母は語った。
白髪の目立つ年齢になり、最後に会った時からめっきり衰えているような印象を私に植え付けている。服装には頓着しなくなったようで、それが退廃的なイメージをより強めていた。
「隠し事って、何」
私は率直に尋ねた。祖母の隠し事と言われ、心当たりがあるものではない。
「よくわからない」と母は言った。
「だけれど、きっとこの家には何かあるんだよ。だからこそ、おばあちゃんにはめっぽう好かれていた巧にこの家を預けようと思ったんだ。きっと巧なら、その何かを探り当てられるかもしれないと思って」
母はそれだけ言うと背後に目をやり、停車させている自分の車を見やった。その確認の仕方は、どことなく追っ手から逃れようとしている人のようだと思った。母が一体何から逃げようとしているのか、当然私には見当がつかなかった。
「とにかく、わかったこと、気づいたことがあればいつでも電話してちょうだい」
そう言い残して母は車に乗り込んですぐさま帰路についた。仕事は順調なのか、彼女でもできたかなど以前なら絶えずされてきた質問を今回は一切しなかった。不思議に思わないわけではなかったが、昔から祖母と母とは関係があまり良くない。祖母が亡くなったからと言っても、どこか落ち着かない気持ちになるのも仕方がないのかもしれなかった。
私は荷解きを終えた室内に戻り、居間に移ってテレビを点けた。その日は特に仕事も予定もなかったため、くつろいで過ごすことに決めたのだ。
明るく差し込んでくる陽の光がテレビ画面に入り込んで鬱陶しく思いながら、私はその日を過ごした。
三月に入っても、気温は未だ低迷を続けていた。私は寒がりなので気温の低い時期はあまり好いていない。雪こそ降ってはいなかったが、外へ出たいと積極的になれるような場合ではなかった。
それでも、仕事というものは毎日あるものだ。職場だって毎日そこに存在している。存在が当たり前であると主張しているように、確かにあり続けている。
鹿児島の大隅半島にある小さな町で、その家は他と比べて何か特筆すべき点もないまま佇んでいるだけである。僕の方もたいして荷物はなかったから、引っ越しはすぐに完了した。僕もちょうど、祖母の家からはそんなに離れていない場所に暮らしていたということもある。
引っ越しの終わる日、母親が久しぶりに私を訪ねてやってきた。母は父と共に頴娃町というそれなりに離れた場所に住んでいるから、会う機会は滅多にない。今度の引越しについても、いつも通り電話やメールでやり取りをするのが主だった。どうして直接会いにきたのかと、訝しく思う。
「もしかしたら、おばあちゃんは何か隠し事をしていたんじゃないかと思うんだよ」
玄関先で母は語った。
白髪の目立つ年齢になり、最後に会った時からめっきり衰えているような印象を私に植え付けている。服装には頓着しなくなったようで、それが退廃的なイメージをより強めていた。
「隠し事って、何」
私は率直に尋ねた。祖母の隠し事と言われ、心当たりがあるものではない。
「よくわからない」と母は言った。
「だけれど、きっとこの家には何かあるんだよ。だからこそ、おばあちゃんにはめっぽう好かれていた巧にこの家を預けようと思ったんだ。きっと巧なら、その何かを探り当てられるかもしれないと思って」
母はそれだけ言うと背後に目をやり、停車させている自分の車を見やった。その確認の仕方は、どことなく追っ手から逃れようとしている人のようだと思った。母が一体何から逃げようとしているのか、当然私には見当がつかなかった。
「とにかく、わかったこと、気づいたことがあればいつでも電話してちょうだい」
そう言い残して母は車に乗り込んですぐさま帰路についた。仕事は順調なのか、彼女でもできたかなど以前なら絶えずされてきた質問を今回は一切しなかった。不思議に思わないわけではなかったが、昔から祖母と母とは関係があまり良くない。祖母が亡くなったからと言っても、どこか落ち着かない気持ちになるのも仕方がないのかもしれなかった。
私は荷解きを終えた室内に戻り、居間に移ってテレビを点けた。その日は特に仕事も予定もなかったため、くつろいで過ごすことに決めたのだ。
明るく差し込んでくる陽の光がテレビ画面に入り込んで鬱陶しく思いながら、私はその日を過ごした。
三月に入っても、気温は未だ低迷を続けていた。私は寒がりなので気温の低い時期はあまり好いていない。雪こそ降ってはいなかったが、外へ出たいと積極的になれるような場合ではなかった。
それでも、仕事というものは毎日あるものだ。職場だって毎日そこに存在している。存在が当たり前であると主張しているように、確かにあり続けている。
