五月といえばクラスマッチ。そんな声が聞こえてくるほど、この高校では通例行事らしい。
「いけるいけるー! 声出してこー!」
「笹森後ろ! パス回せー!」
クラスマッチは言い換えれば球技大会と同義だ。四つの種目の中から全員必ず一つを選択し、出場しなければならない。
俺が選んだのはサッカーだった。理由は中学までサッカーをやっていたから。
高校生になって集団競技は合わないとさすがに理解した今は、もうやめてしまったけど。
「山田、こっち来なくていいからもっと離れて。なにしたらいいかわかんないならゴール守っててくれればいいから」
さっきから俺の近くを所在なさげにうろうろしているクラスメイトの山田に声を掛けると、彼はビクッと肩を揺らした。怯えたような目と視線が重なる。
「わ、わかった。ごめんね……」
山田はすぐに俺の言ったようにゴールの方に走り去っていった。
確か山田はバスケ希望だったけど、抽選で外れてサッカーに振り分けられていたはずだ。
経験のないスポーツだとある程度のルールは頭に入っていても、どう動いたらいいかわからなくなるのは仕方がない。
(……今の言い方、キツかったか? 別に普通だよな)
俺が声を掛けたときの、山田の困ったような顔がまだ脳裏に焼き付いている。
やっぱりサッカーは向いていない。軽い気持ちで選んだことを早速後悔した。
「いやいやおまえバッカじゃねえの! ……っヒャハハ! 無理、アホすぎて腹いてえ」
ボールを追いかけて走っていると、後ろからこの場にそぐわない笑い声が聞こえてきた。
振り向くと、コートの端で二人組がポケットに手を突っ込んで立ち話をしている。
クラスメイトの岡本と西村だ。試合が始まる前からやる気がなさそうだった彼らは、始まってもその姿勢を崩すことはなかった。
「マジなんだって。俺もビビったよねさすがに。まさか生乾きとは思わないじゃん」
「だからってそのまま履くかよ普通。どんだけズボラなんだよ」
「漢気だって言ってくれん?」
こっちは必死に汗をかいているというのに、涼しい顔をしてサボっているのが気に食わない。
ただでさえ二人分の穴を埋めるのに必死なのに。
周囲も彼らの存在が気になり出したのか、みんなちらちらとコートの隅に視線を送っている。
痺れを切らした俺は審判に手を上げてから、二人のもとに足を進めた。
「おい」
声を掛けると、二人分の視線が俺の方に突き刺さる。
「ふざけるなら出てけ。みんな真剣にやってるのに、おまえらのせいで空気悪くなってるの気付けよ」
途端に彼らは黙り込んだ。やがて互いに顔を見合わせると、ぶふっとわざとらしく吹き出し始める。
馬鹿にされているような態度が不愉快だ。カチンとくるのをなんとか鎮めながら、冷静に言葉を続けた。
「……なんだよ」
「いや? 今日も小木曽くんは偉そうだなーって」
「は?」
眉根を寄せれば、腕を組んだ岡本がニヤニヤしながら鼻で笑った。
「たいしてうまくもないくせに威張んないでくれない? さっきからおまえのパスだけ通ってないの、おまえこそ気付いてないわけじゃないだろ」
痛いところを突かれて、ぐっと言葉に詰まってしまう。
そもそもの関係値ができていないせいか、さっきからチームメイトとちっともタイミングが合わないことは自覚していた。
「必死になりすぎて周りついてこれてない証拠じゃん」
「でも、ふざけてるおまえらよりかは」
「マシだって? どうかな~。俺らさっきの試合でゴール決めてるし」
「関係ないだろ。個人プレーじゃないんだから、毎試合ちゃんと真面目にやれよ」
「はいはい、うるせえなあ」
西村がやれやれと両手を上げると、二人は渋々といった風にコートの中に戻っていった。
その途中、すれ違いざまにわざと肩をぶつけられる。振り向いて睨み付けるが、彼らが振り向くことはなかった。
「空気悪くしてんのどっちだよ。そんなんだからぼっちなんじゃね」
「言っちゃダメなやつだろ、それ」
「あはは! わりー、結構ガチなやつだった」
俺に聞かせるような大きな声が耳に届く。悔しいが何ひとつ言い返せなかった。
俺はいつだって誰に対しても、自分が正しいと思うことを口にしているつもりだ。
それなのに勝手に傷付いたり逆ギレしたりしてくるのは、おまえらの方だろう。
なにも言わない方が楽だし穏便に過ごせるって、そんなのはわかっている。
でも周りに合わせて言いたいことを我慢して、胸の内にモヤモヤしたものを抱えながらやり過ごすなんて、そんな後味が悪いことは俺には到底できそうになかった。
「あ、琉生だ」
呑気な声が上から降ってくる。いつのまにそこにいたのか、顔を上げると、橙士先輩が正面から俺のことを見下ろしていた。
どうにも人混みに行く気になれなくて、購買で買い込んだ惣菜パンを中庭のベンチで食べていたところだった。
「こんなジメジメしたとこで何してるの」
「……お疲れ様です。昼飯です」
「食堂じゃないの、珍しいね」
先輩の手には激甘コーヒーレモンティースカッシュと記された黒色のペットボトルが握られている。
またそんなゲテモノを頼んで……。
相変わらず先輩のセンスは独特でずれている。
「それ、どんな味なんですか」
「レモンティーとコーヒーの中間ぐらい。でも若干コーラにも近いかも。甘味料ドバドバだから苦くはないよ」
「……ふ、変なの。なんで毎回チャレンジするんですか、そういうの」
真面目な顔で食レポをする先輩がおかしくて、沈んでいたはずの気持ちが少しだけ軽くなるのを感じた。
「もしかしてへこんでる?」
俺の隣に当たり前のように腰掛けた先輩は、そう言って俺の顔を覗き込んだ。
一見何も考えてなさそうにみえるその目は、よく見ればどこまでもまっすぐなことに気付いたのは最近のことだ。
見透かすような瞳と視線が絡む。虚を突かれて瞳を揺らしてしまった。
「なんでわかんの……」
「なんでだろ、キモいぐらい観察してるからかも」
「観察? 俺を?」
「うん」
思わず敬語が外れてしまっても、先輩はそれを咎めることはしなかった。
「二年の教室からグラウンドみえるんだけど」
言いながら先輩が、背後にある校舎を指差す。確か先輩のクラスは三階だと前に話していた。
「琉生がいるときいつも見てる。で、先生に怒られたこともある」
俺の方に顔を戻した先輩に、無表情のまま淡々とそんなことを告げられた。体育をしている俺なんて見たって、ちっとも面白くなんかないはずだ。
「どうでした? 俺を見た感想は」
「真面目な顔して動いてんの可愛いよ。琉生って持久走とかハードルとか、走る系のときは自信なさそうだけど、球技は得意だろ。テニスしてるとき生き生きしてた」
「全部見てるじゃないですか。ちゃんと授業受けてます?」
「琉生の時間割り把握してるから、体育のときは琉生の時間になってるんだけど、先生もそれわかってるから俺だけ集中的に当てられる」
「…………なにからつっこんだらいいんですか」
時間割りなんか教えた覚えないのに。机に貼ってるものを勝手に見られたのだろうか。
相変わらずいつもはゆったり喋るくせに、俺のことになると急に早口になるから意味がわからない。
「っていうか琉生の時間ってなに」
「琉生を合法的に観察できる至福の時間」
「……っはは、何ですかそれ。本当変な人」
先輩と喋っていると、色々と悩んでいる自分が馬鹿らしく思えてくるから不思議だ。
一緒にいると気持ちが軽くなって自然と心が温かくなる。先輩はきっとそんなつもりはないんだろうけど。
咲真先輩が太陽なら、橙士先輩は月だ。暗闇にいる俺のことを見つけ出して、いつだって照らしてくれる。
「琉生さ、もっと力抜いて生きたら」
「え?」
「真面目なきみはいつもしっかり生きようとするし、俺はきみのそういうとこも好きだけど」
先輩の目元が緩んで、ふわりと綻ぶ。柔らかい眼差しに目を奪われた。
「せめて俺の前でだけは、甘えてよ」
優しい声と表情に頭の中が埋め尽くされる。
雁字搦めになっていた凝り固まって濁った気持ちが、ゆっくりと解けていくような気がした。
俺以上に俺のことを観察しているらしい先輩には、もしかしたら俺の悩みなんて筒抜けなのかもしれない。
「もっとふにゃふにゃしな」
「ふにゃふにゃって……?」
「ふにゃふにゃ〜って」
そう言いながら指先を丸めて、猫のようなポーズをとる橙士先輩。無自覚なのかわかっていてやっているのかはわからないが、すっかり様になっているのがずるい。
「可愛いです、それ」
「……」
「なんで不満そうなんですか」
「俺は琉生にはかっこいいって言われたい」
「っふ、めんどくさ……」
不機嫌そうにわかりやすく口を尖らせる先輩を見て、再び笑い声をあげる。さっきまでの暗い気持ちなんて、もうどこにも残っていなかった。
「いけるいけるー! 声出してこー!」
「笹森後ろ! パス回せー!」
クラスマッチは言い換えれば球技大会と同義だ。四つの種目の中から全員必ず一つを選択し、出場しなければならない。
俺が選んだのはサッカーだった。理由は中学までサッカーをやっていたから。
高校生になって集団競技は合わないとさすがに理解した今は、もうやめてしまったけど。
「山田、こっち来なくていいからもっと離れて。なにしたらいいかわかんないならゴール守っててくれればいいから」
さっきから俺の近くを所在なさげにうろうろしているクラスメイトの山田に声を掛けると、彼はビクッと肩を揺らした。怯えたような目と視線が重なる。
「わ、わかった。ごめんね……」
山田はすぐに俺の言ったようにゴールの方に走り去っていった。
確か山田はバスケ希望だったけど、抽選で外れてサッカーに振り分けられていたはずだ。
経験のないスポーツだとある程度のルールは頭に入っていても、どう動いたらいいかわからなくなるのは仕方がない。
(……今の言い方、キツかったか? 別に普通だよな)
俺が声を掛けたときの、山田の困ったような顔がまだ脳裏に焼き付いている。
やっぱりサッカーは向いていない。軽い気持ちで選んだことを早速後悔した。
「いやいやおまえバッカじゃねえの! ……っヒャハハ! 無理、アホすぎて腹いてえ」
ボールを追いかけて走っていると、後ろからこの場にそぐわない笑い声が聞こえてきた。
振り向くと、コートの端で二人組がポケットに手を突っ込んで立ち話をしている。
クラスメイトの岡本と西村だ。試合が始まる前からやる気がなさそうだった彼らは、始まってもその姿勢を崩すことはなかった。
「マジなんだって。俺もビビったよねさすがに。まさか生乾きとは思わないじゃん」
「だからってそのまま履くかよ普通。どんだけズボラなんだよ」
「漢気だって言ってくれん?」
こっちは必死に汗をかいているというのに、涼しい顔をしてサボっているのが気に食わない。
ただでさえ二人分の穴を埋めるのに必死なのに。
周囲も彼らの存在が気になり出したのか、みんなちらちらとコートの隅に視線を送っている。
痺れを切らした俺は審判に手を上げてから、二人のもとに足を進めた。
「おい」
声を掛けると、二人分の視線が俺の方に突き刺さる。
「ふざけるなら出てけ。みんな真剣にやってるのに、おまえらのせいで空気悪くなってるの気付けよ」
途端に彼らは黙り込んだ。やがて互いに顔を見合わせると、ぶふっとわざとらしく吹き出し始める。
馬鹿にされているような態度が不愉快だ。カチンとくるのをなんとか鎮めながら、冷静に言葉を続けた。
「……なんだよ」
「いや? 今日も小木曽くんは偉そうだなーって」
「は?」
眉根を寄せれば、腕を組んだ岡本がニヤニヤしながら鼻で笑った。
「たいしてうまくもないくせに威張んないでくれない? さっきからおまえのパスだけ通ってないの、おまえこそ気付いてないわけじゃないだろ」
痛いところを突かれて、ぐっと言葉に詰まってしまう。
そもそもの関係値ができていないせいか、さっきからチームメイトとちっともタイミングが合わないことは自覚していた。
「必死になりすぎて周りついてこれてない証拠じゃん」
「でも、ふざけてるおまえらよりかは」
「マシだって? どうかな~。俺らさっきの試合でゴール決めてるし」
「関係ないだろ。個人プレーじゃないんだから、毎試合ちゃんと真面目にやれよ」
「はいはい、うるせえなあ」
西村がやれやれと両手を上げると、二人は渋々といった風にコートの中に戻っていった。
その途中、すれ違いざまにわざと肩をぶつけられる。振り向いて睨み付けるが、彼らが振り向くことはなかった。
「空気悪くしてんのどっちだよ。そんなんだからぼっちなんじゃね」
「言っちゃダメなやつだろ、それ」
「あはは! わりー、結構ガチなやつだった」
俺に聞かせるような大きな声が耳に届く。悔しいが何ひとつ言い返せなかった。
俺はいつだって誰に対しても、自分が正しいと思うことを口にしているつもりだ。
それなのに勝手に傷付いたり逆ギレしたりしてくるのは、おまえらの方だろう。
なにも言わない方が楽だし穏便に過ごせるって、そんなのはわかっている。
でも周りに合わせて言いたいことを我慢して、胸の内にモヤモヤしたものを抱えながらやり過ごすなんて、そんな後味が悪いことは俺には到底できそうになかった。
「あ、琉生だ」
呑気な声が上から降ってくる。いつのまにそこにいたのか、顔を上げると、橙士先輩が正面から俺のことを見下ろしていた。
どうにも人混みに行く気になれなくて、購買で買い込んだ惣菜パンを中庭のベンチで食べていたところだった。
「こんなジメジメしたとこで何してるの」
「……お疲れ様です。昼飯です」
「食堂じゃないの、珍しいね」
先輩の手には激甘コーヒーレモンティースカッシュと記された黒色のペットボトルが握られている。
またそんなゲテモノを頼んで……。
相変わらず先輩のセンスは独特でずれている。
「それ、どんな味なんですか」
「レモンティーとコーヒーの中間ぐらい。でも若干コーラにも近いかも。甘味料ドバドバだから苦くはないよ」
「……ふ、変なの。なんで毎回チャレンジするんですか、そういうの」
真面目な顔で食レポをする先輩がおかしくて、沈んでいたはずの気持ちが少しだけ軽くなるのを感じた。
「もしかしてへこんでる?」
俺の隣に当たり前のように腰掛けた先輩は、そう言って俺の顔を覗き込んだ。
一見何も考えてなさそうにみえるその目は、よく見ればどこまでもまっすぐなことに気付いたのは最近のことだ。
見透かすような瞳と視線が絡む。虚を突かれて瞳を揺らしてしまった。
「なんでわかんの……」
「なんでだろ、キモいぐらい観察してるからかも」
「観察? 俺を?」
「うん」
思わず敬語が外れてしまっても、先輩はそれを咎めることはしなかった。
「二年の教室からグラウンドみえるんだけど」
言いながら先輩が、背後にある校舎を指差す。確か先輩のクラスは三階だと前に話していた。
「琉生がいるときいつも見てる。で、先生に怒られたこともある」
俺の方に顔を戻した先輩に、無表情のまま淡々とそんなことを告げられた。体育をしている俺なんて見たって、ちっとも面白くなんかないはずだ。
「どうでした? 俺を見た感想は」
「真面目な顔して動いてんの可愛いよ。琉生って持久走とかハードルとか、走る系のときは自信なさそうだけど、球技は得意だろ。テニスしてるとき生き生きしてた」
「全部見てるじゃないですか。ちゃんと授業受けてます?」
「琉生の時間割り把握してるから、体育のときは琉生の時間になってるんだけど、先生もそれわかってるから俺だけ集中的に当てられる」
「…………なにからつっこんだらいいんですか」
時間割りなんか教えた覚えないのに。机に貼ってるものを勝手に見られたのだろうか。
相変わらずいつもはゆったり喋るくせに、俺のことになると急に早口になるから意味がわからない。
「っていうか琉生の時間ってなに」
「琉生を合法的に観察できる至福の時間」
「……っはは、何ですかそれ。本当変な人」
先輩と喋っていると、色々と悩んでいる自分が馬鹿らしく思えてくるから不思議だ。
一緒にいると気持ちが軽くなって自然と心が温かくなる。先輩はきっとそんなつもりはないんだろうけど。
咲真先輩が太陽なら、橙士先輩は月だ。暗闇にいる俺のことを見つけ出して、いつだって照らしてくれる。
「琉生さ、もっと力抜いて生きたら」
「え?」
「真面目なきみはいつもしっかり生きようとするし、俺はきみのそういうとこも好きだけど」
先輩の目元が緩んで、ふわりと綻ぶ。柔らかい眼差しに目を奪われた。
「せめて俺の前でだけは、甘えてよ」
優しい声と表情に頭の中が埋め尽くされる。
雁字搦めになっていた凝り固まって濁った気持ちが、ゆっくりと解けていくような気がした。
俺以上に俺のことを観察しているらしい先輩には、もしかしたら俺の悩みなんて筒抜けなのかもしれない。
「もっとふにゃふにゃしな」
「ふにゃふにゃって……?」
「ふにゃふにゃ〜って」
そう言いながら指先を丸めて、猫のようなポーズをとる橙士先輩。無自覚なのかわかっていてやっているのかはわからないが、すっかり様になっているのがずるい。
「可愛いです、それ」
「……」
「なんで不満そうなんですか」
「俺は琉生にはかっこいいって言われたい」
「っふ、めんどくさ……」
不機嫌そうにわかりやすく口を尖らせる先輩を見て、再び笑い声をあげる。さっきまでの暗い気持ちなんて、もうどこにも残っていなかった。

