ゆるあまな先輩が俺だけに本気なのは反則です

 俺には毎朝のルーティンがある。
「先輩! 朝です、起きてください!」
 小鳥が囀る気持ちのいい朝。カーテンを開け放った窓の外には珍しく雪が積もっている。
 諸々の身支度を整えた俺は、梯子を上っていつものように二段ベッドの上段へと顔を出した。
 そこにあるのはこんもりとした山。……ではなく、ルームメイトの橙士先輩。どうやら今日は特別寒いから、布団を頭から被っているらしい。
「橙士先輩! またアラームの音変えたでしょ。なんですかこの不快な音は! 起きる気がないんならせめて耳に優しい音にしてくださいよ!」
 がばっと布団を捲り上げながら声を荒げると、すやすやと瞼を閉じて熟睡する先輩の姿が現れた。
 ……嘘だろ。この爆音の中寝られるなんてどんな神経してるんだ。
 俺がぺしぺしとその身体を叩くと、先輩はようやく「んん……」と声を漏らして身じろいだ。
「起きてください朝です。雪積もってますよ、一緒にみましょうよ」
「んー……琉生がチューしてくれないとむり……」
「ねえ時間やばいから! ふざけてる場合じゃないんですって、時計見て。また朝食食べ損ねますよ!」
「えーべつにいらない……ねる」
「だーめーでーす! こら布団に潜るな!」
 せっかく剥がした布団にまた戻ろうとするので、痺れを切らした俺は布団を床に落としてやった。
 「ああ……」と絶望の顔をしながら、それでも懲りずにその場でいそいそと丸くなる先輩を見て、つい天を仰いでしまうのは仕方のないことだろう。
「もう。一時期あんなにしっかりしてた先輩はどこに行ったんですか」
「残念ながら消滅しました」
「勝手に消すな、あんたでしょうが……」
 秋頃には俺に迷惑をかけたくないとかかっこいいことを言っていた先輩は、今ではすっかり元に戻ってしまった。
 ただ成長した点もいくつかある。昼食はしっかり男子高校生の一人前ぐらいは食べるようになったし、夕飯前にきちんと課題を終わらせるようにもなった。それ以外にも、この前はテストで初めて全科目平均以上をとったと自慢げに報告してきた。
 そんな橙士先輩はやっぱり朝だけはどうにも苦手らしく、今だって時間ギリギリまでぬくぬくとベッドで暖まっている。
 俺はそんな先輩を黙って観察していたが、仕方がないので切り札を召喚することにした。
「橙士さん」
「……えっ」
 俺の声を聞いた瞬間に、さっきまで芋虫になっていた先輩が、急にがばっと勢いよく起き上がる。
 目を丸くしているその顔に気を良くした俺は、シーツの上に手をつくと、先輩の頬にちゅ、と自分の唇を寄せた。
 頬に触れるだけの子どもじみたキス。余裕ぶってはいるが、これが今の俺からできる精一杯だ。
「……それってわざとやってる?」
 至近距離で先輩の目の色が変わるのを見た。
 ……しまった。変なスイッチを入れてしまった!
 そう気付いたってもう遅い。間髪入れずに後頭部に大きな手が差し込まれて、ぐっと先輩のもとに引き寄せられてしまう。
 少しかさついた先輩の唇が俺の唇に重ねられる。好きな相手からのキスを拒めるはずもなく、俺は大人しく瞼を伏せた。
 付き合い出してから三ヶ月が経って、ようやく俺も先輩とのスキンシップに少しだけ慣れてきた。
 ……とはいえ、まだまだ新鮮にドキドキはするし、今だって鼓動は激しく暴れ回っている。
 そんな俺のドキドキなんてお構いなしに、先輩はしつこく俺の唇に吸い付いてくる。戯れ合うようなキスを何度も繰り返した後に、ようやく唇は離れた。
 キスをした後だというのに、先輩の顔は不満そうだ。
「……全然足りない」
「って思ってるだろうなぁって思ってました」
「わかってるなら話が早いね」
 そう言いながら、先輩が再び顔を寄せてくるので、容赦なくその顔を両手で挟み込んで制止した。
 ……仕方ない。こうなったらもう、あの作戦を使うしかない。
 迫る時間に焦った俺は、先輩の顔を上目遣いで覗き込みながら、できるだけ甘ったるく声を掛けた。
「……五分で準備してくれたら、三分だけならイチャイチャできますよ。どうしますか?」
 橙士先輩がこんな魅力的な先輩に乗らないはずがない。朝から心臓に悪いので、この作戦はあんまり使わないようにしているのだが──。
「二分で準備するから、十分間イチャイチャしよ」
「いや二分は無理でしょ。ってか計算下手か! 十分も時間ありませんよ」
「ごめん急いでるからいま喋りかけないで。あとでたくさんチューしてあげるから」
「〜〜っ、もう……現金な人だなぁ……」
 途端にせかせかと動き始めた橙士先輩を見て、呆れずにはいられない。だけどそんなところも可愛くて愛おしいと思ってしまうんだから、俺はだいぶ先輩にハマっている。
「橙士さん、だいすきだよ」
 勝手にお邪魔している二段ベッドの上段から声を掛ければ、歯磨きをしながら洗面所から顔を出した橙士先輩に、「あとで覚えてろ」と宣戦布告されてしまった。


〈了〉