ゆるあまな先輩が俺だけに本気なのは反則です

「小木曽くん、黒板消し終わったよ」
 声を掛けられて視線を持ち上げた。授業を終えたばかりの教室には、まだそれなりにクラスメイトが残っている。
 一日を通して共に日直の仕事をこなしてきた加藤は、俺の手元の学級日誌を覗き込んでいる。
「お疲れ。日誌はもう少しで書き終わるから、俺が出しとくよ」
「いいの? ありがとー。助かるわ」
 すぐに立ち去るかと思った加藤は、予想に反してその場に留まっている。疑問に感じて再び見上げれば、加藤は何故かにまにまと嬉しそうな顔をして俺を見ていた。
「なに?」
「いや、ほんと雰囲気変わったよね~小木曽くん。入学当初はもっと近寄りがたいっていうか、喋りかけるの怖かったもん」
「あー……その節は本当にごめん」
 心当たりがありすぎて額を机に擦り付けると、加藤は「謝んないでよ」と笑い飛ばしてくれた。

 職員室に日誌を出し終えた俺は、ひとり廊下を歩いていた。ほんの一週間で肌寒くなり、制服は半袖から長袖に衣替えをした。
 季節はすっかり秋らしくなって、だんだん日も短くなってきた。窓の外から降り注ぐ夕陽を横目に、教室へと足を進める。
 たった一週間。されど一週間。橙士先輩が部屋を出て行ってから、もう一週間が経とうとしている。
 ──俺と一緒にいるの、イヤ?
 手を振り払ってしまったときの先輩の表情が瞼の裏に焼き付いて、寝ても覚めても頭から離れない。
 俺が先輩を傷付けた。言葉や態度で簡単に他人を傷付けるって、痛い目を見て散々学んだはずなのに。
 橙士先輩は何度も俺に気持ちを伝えてくれていた。そんな先輩の気持ちを知りながら、俺がずるずる返事を先延ばしにしたせいだ。先輩が優しいからって、完全に甘えすぎだった。
 昔母さんが観ていた恋愛ドラマでは、好きだと気付いた主人公はすぐに相手に想いを打ち明けていた。もちろん相手も主人公のことが好きで、二人はめでたく結ばれたわけだ。
 気持ちが同じなら簡単にハッピーエンドになれるって思い込んでいた。だけど現実は、物語のように単純にはいかない。
 まっすぐに気持ちを伝えることは簡単なことではない。相手の気持ちがわかっていたって、怖いものは怖い。
(……いや、むしろ先輩の気持ちがわかっているからこそ怖いんだ。その先を考えすぎて怖気づいてるんだろうな、俺は)
 橙士先輩と過ごす日々は穏やかで心地いい。付き合うことになって、この関係が崩れるのがこわい。
 もうどうしたらいいのかわからなかった。考えれば考えるほど堂々巡りで、思考は複雑に絡まっていくばかりだ。
「……あ」
 不意に前の方から、そんな声が聞こえた。視線を向けた俺は、その姿を視界に入れて目を見張る。
「久しぶり、琉生」
「お久しぶり、です」
 声を掛けてきたのは咲真先輩だった。あれから何度か校内では見かけたことがあるが、意識的に視界に入れないようにしていたので、こうして言葉を交わすのはあの教室での会話以来だった。
「元気? 最近はどう?」
 なんだか懐かしい気持ちになった。咲真先輩はいつも、開口一番に俺の近況を訊いてきていたっけ。きっと興味がなかっただろうに、単なる世間話程度のものだったんだろうけど、結構嬉しかった。
 以前までは隙のない笑顔を見せていた咲真先輩は、今日は控えめに微笑むばかりだ。気を遣われているのがひしひしと伝わってきて、なんだか居心地が悪い。
「……元気です。特に変わりありません」
「っはは、絶対嘘じゃん。顔死んでるよ」
「まあ色々あって……」
 言いながら、一拍遅れて驚いた。俺はいつだって咲真先輩の前では、元気じゃなくても「元気」だと言っていたし、大丈夫じゃなくても「大丈夫」だと強がっていた。それを見抜かれたことなんて一度もなかったはずだ。
 だけど今先輩は、俺の嘘を初めて言い当てた。
「今更だけど、あんときはごめんな。言い訳かもしれないけど、琉生のことそれなりに可愛がってたのは本当だよ」
 咲真先輩が眉を下げて、申し訳なさそうな顔をして笑う。
「何でも言うこと聞いてくれて、俺なんかを崇拝して引っ付いてくる琉生の健気なところにつけこんで、調子に乗ってたのも本当。琉生を傷付けて初めて、俺って最悪だなって立ち止まることができた」
 その言葉が本心なのかそうでないのかは俺にはわからない。咲真先輩は嘘が上手だから、もしかしたらまた俺を騙そうとしているのかもしれない。
 だけど──。
「俺なんかを追いかけてきてくれたのに、本当ごめん」
 それが嘘とか本当とか、そんなのどうだってよかった。現に俺は今咲真先輩の言葉を受けて、あの頃の俺が救われたような気がした。
 言葉は目に見えない刃だ。簡単に他人を傷付けるし、見えないからこそ与えた傷にだってすぐに気付けない。
 だけど同時に、何気なく放った言葉が誰かを救うことだってあるのかもしれない。
「……確かにきっかけはそうだったけど、今は咲真先輩のこと全然思い出さなくなったし、俺なりに楽しく過ごしてるんで。気にしないでください」
「お、おう……。おまえって意外とはっきり物を言うんだな」
 咲真先輩は肩を竦めて苦笑いをしている。先輩がそんな風に驚いているのはきっと、あの頃の俺は嫌われたくない一心から、かなり猫を被っていたせいだろう。
「つかあいつ、俺に啖呵切ってきたやつ。城所って琉生のルームメイトだろ」
「橙士先輩なら俺のルームメイトです」
「だよな。あいつ先週からずっと隣の部屋に泊まってるみたいだけど、喧嘩でもしたの?」
 先輩が不思議そうに言うので、俺は一瞬言葉を詰まらせた。
「……先輩、それって何号室かわかりますか」
「えーっと、あっちは多分……二〇三号室だよ。新垣たちの部屋」
「ありがとうございます」
 やっぱり橙士先輩はガッキーさんのところにいたんだ。どこにいるのかわからなかった先輩の居場所がわかってほっとする一方で、俺がいる部屋に戻ることなく普通に生活をしている先輩を想像して、モヤモヤと胸がざわつく。
 そろそろ決断しないといけない。
 どっちにしろきっと、もう元の関係に戻ることができないことだけは確かだ。


 そういえば半年ほど寮に住んではいるが、二階のフロアに足を踏み入れたのは初めてだ──なんて意識を逸らしながら歩いていたら、あっという間に「二〇三」と記された扉の前に辿り着いてしまった。
(結局ガッキーさんの部屋の前まで来てしまった……)
 告白に対する返事もまだ自分の中ではっきりしていないのに、俺はなにをしにきたんだろう。
 でもまずは誤解を解かないと。待っていても先輩は帰ってきてくれないのなら、自分から赴くしかない。言葉にしないとなにひとつ伝わるはずがない。
「──橙士ィ、おまえいい加減部屋戻りぃや」
 ドアノブに手をかけた俺は、中からそんな言葉が聞こえて、思わず動きを止めた。
 この声はガッキーさんのものだ。
 ……以前にもこんなことがあったような気がする。軽くデジャヴを覚えていると、続けて言葉が聞こえてくる。
「このままずっとってわけにもいかんやろ。いつまでいじけとんねん情けな」
「そーだそーだガッキーの言う通り。それに起きたら床に橙士が転がってんの地味に邪魔なんだよな。早く帰ってくれん?」
「せやろ? もっと言ったれやアキラ!」
 聞き覚えのないもう一人の声は、ガッキーさんのルームメイトの先輩だろうか。
 薄い扉一枚隔てた向こう側で繰り広げられる会話はぽんぽんとテンポよく交わされていて、やっぱりいつかのように押し掛けるタイミングを失ってしまう。
「てか前に言ってた話って本気?」
「なんやっけ」
「あのーあれよ」
 中からはガッキーさんとアキラと呼ばれている先輩の声だけが聞こえてくる。橙士先輩はそこにいるんだろうけど、さっきから一言も言葉を発しない。
 ……よし、この人の話が終わったら中に入ろう。俺は心の中でそんな決意を固めた。
「ほら、橙士が俺と部屋交換してくれって話」
 しかし続けられたその言葉を聞いて、思考がまっさらになった。
(は……? なんだ、それ……)
 橙士先輩、部屋を出て行くつもりなのか?
 だとしたらどう考えたって原因は俺だ。でもそんな急に。俺になにも言わずに、勝手に決めるなんて……。
(そもそもまだ、俺は返事もしていない。思えばあのときだって、俺の言い分も聞かずに置いていって、挙句の果てに部屋には帰ってこなくなって……その結果がこれかよ)
 次第に身体中の血が沸騰するみたいにぐつぐつと憤りが込み上げてきて、かっと頭に血が上った。
 その勢いに任せて、どかっと音を立てながら扉を開く。するとすぐに、二人分の視線が同時に俺の方に向けられた。
「うおわっ、なんやびっくりしたぁ~~……心臓止まるかと思ったぁ……」
 部屋の中にいたのは三人だった。椅子の背もたれに腕をかけて目を丸くするガッキーさん。それからベッドの下段から顔を出している見覚えのない先輩が、多分アキラという名前の先輩。
 そして扉に背を向けるようにして座っているその人が、俺が会いに来た張本人。
「橙士先輩」
 声を掛けると、大きな物音にすら一切動じることのなかったその人は、俺の言葉ひとつですぐさま後ろを振り向いた。
「琉生……?」
 驚いたように目を見張るその顔には見覚えがあった。
 たまたま俺が橙士先輩の秘密を知ってしまったあの日と同じ表情。
「今の話、どういうことですか」
 何の因果か、あの日も同じような言葉を口にしたような気がする。
 あの日と違うのは、俺はもう先輩の抱えていた秘密を知っていて、ひっそり同じ気持ちを抱いているということ。
「勝手に俺のルームメイトに立候補して、俺の許可なしに仕組んだくせに、今度は勝手にいなくなるつもりですか」
 怒りを鎮めつつ、冷静に言葉を放たないと。頭ごなしに言葉を並べ立ててはいけない。
 そんなことはわかっているのに、久しぶりに橙士先輩の顔を見たら気が抜けて、すぐに言っていいことと悪いことの区別がつかなくなりそうだ。
「……っ俺のことは縛り付けておいて、自分はいいのかよ。他の人の部屋に行くなって俺には言ったくせに……!」
「ルイくん待ちやぁ、一旦落ち着いて」
 困惑したようなガッキーさんの声が飛んでくる。
 きっとこれ以上は言わない方がいい。感情に任せて放った言葉なんてどう捉えられるかわからない。
「橙士先輩がっ……!」
 だけど多分、これだけは言わなきゃいけない。
 理性で物を言うなんて綺麗ごとが、この人を相手にするとどうしてもうまくいかない。
 当たり前だ。だって先輩は、他の人とは違うんだから。
「……俺以外の人に触れてると思うと、俺だって息吸えないっ」
 あの日先輩が言っていた言葉が、ようやくすとんと胸に落ちた。
 誰かと笑い合う姿を想像しては、そこに自分がいないことに苛立ちが募る。
 誰にも渡したくない。そんな独占欲に支配されて、胸が締め付けられる。
「戻ってきてよ。俺は橙士先輩じゃないと嫌です」
 ……だめだ、全然格好つかない。
 言ってることはあまりにも幼稚だし、俺の声がでかいせいで、廊下からざわざわと人の気配がする。
 唇を引き結んだ。俯きながら返事を待っていると、不意に誰かに腕を引かれた。それが橙士先輩だと気付いたときには、引っ張られるがままに部屋を飛び出していた。
 人が集まり始めていた廊下を早足で進んでいく先輩。その後ろ姿を見るだけで妙に胸が熱くなるのを感じながら、俺は先輩の後を追った。


 三〇六号室。いつもの俺と橙士先輩の部屋に戻ってくると、扉を閉めるなり、先輩がくるっと俺の方を振り向いた。
 至近距離で向かい合うような形になって、鼓動が跳ねる。
「──さっきの」
 久しぶりに見るからだろうか。整った顔立ちにじっと見下ろされて、目のやり場に困ってしまう。
「俺の都合いいように捉えてもいい?」
 先輩の手が俺の頬に添えられる。ぴくっと肩が跳ね上がってしまったが、もう先輩が悲しそうな顔をすることはなかった。
 答えを先延ばしにして、逃げようとしていたのは俺の方だった。自分の気持ちに見て見ぬふりをするのは、もうやめよう。
 頬を包む先輩の手の上から、俺はそっと自分の手を重ねた。
「……この前、誤解させてごめんなさい。先輩のことが嫌になったとかじゃなくて、その」
「ん?」
「っき、……緊張、してただけ」
 一段と顔が赤くなっているような気がする。
 恥ずかしくてたまらなくなって縋るように先輩を見上げると、その目が緩やかに細められた。
「まーた俺の前でそんな顔して」
 先輩の親指が俺の頬を滑って、優しく唇に触れる。
 確かめるみたいにふにふにと指の腹を何度も押し付けられた。
「今度こそ途中でやめてあげられないけど、いい?」
 口元に薄く笑みを浮かべる先輩の、熱を孕んだ瞳がまっすぐに俺を射抜く。
 甘ったるい空気が恥ずかしくてたまらない。目を逸らしかけた俺は、だけどぐっと踏みとどまる。
 嫌なわけじゃない。ただ慣れていないから、どうしたらいいかわからないだけだ。
「……大丈夫です」
 きっと先輩は、俺が格好悪い姿を晒したって笑ったりしない。
 ぐだぐだ考えることなんてなかった。きっと最初から単純なことだったんだ。
「俺も、先輩に食べられたい」
 真っ赤になっているのを隠しようがない距離で、声を震わせながらその目をまっすぐに見つめ返した。
 俺は橙士先輩が好きで、橙士先輩も俺が好き。
 それ以外に答えなんかないし、これ以上の幸せなんてきっとこの先見つからない。
 橙士先輩の顔がゆっくりと寄せられて、ふわりと先輩の匂いが鼻腔を擽る。羞恥に襲われて、逃げ出したくなるのを目を瞑って堪えた。
 想像以上に柔らかい感触のなにかが、優しく唇に押し付けられる。それが先輩の唇だと気付いた瞬間に、じわじわと温かいものが胸を満たしていく感覚に包まれた。
(……知らなかった。少し勇気を出すだけで、こんなに幸せな気持ちになれるんだ)
 薄く目を開くと、細められた橙士先輩の瞳とすぐそばで視線が絡み合った。俺の表情を観察するような眼差しは、いつになく男らしくて心臓に悪い。たまらなくなった俺は声を上げたくなるのを堪えながら、再び瞼を伏せた。
「……琉生さあ、俺の理性を試してる?」
 しばらくしてそっと唇を離した橙士先輩は、なぜかむすっとした顔をしている。
「俺だって男なんですよ」
「知ってますよ。だから緊張してたんじゃないですか」
「えー……絶対ちゃんと伝わってない気がする」
 恨めしいと言わんばかりの視線が降り注がれるのは心外だ。俺は先輩の手を取ると、その手を自分の左胸に押し当てた。
「伝わってます。ほら」
 どくどくと心臓が激しく早鐘を打っている。余裕ぶって話している今だってなんとか床の上に立ってはいるが、足が震えて覚束ない。
「橙士先輩にしかこんな風になりません」
 視線が交わる。朱が差した先輩の顔はいつもよりなんとなくあどけない。
 俺の知らない先輩の顔が、きっとまだたくさんある。その全部を余すことなく知りたいし、俺の知らない俺だってもっと暴いてほしい。
「好きです、橙士先輩」
 声に出すと、ずっと複雑に絡まり合っていた自分の思考がようやく解かれて、ひとつの想いを結んだような気がした。
「……俺の方が大好き」
 先輩が柔らかく目尻を下げて、生クリームみたいに甘い表情で微笑む。抱き締められて耳元に直接吹き込まれた言葉は、俺の胸を満たすのに十分だった。
「はー……ずっとこうしたかった。夢みたい」
 恍惚とした様子で呟く一方で、ぎゅうっと締め付けられるぐらい強い力で身体を抱き込まれて、俺はううと唸った。
「橙士先輩、いたい」
「むり我慢できない。一週間ぶりの琉生だもん」
「くるしいって! もー……本当に仕方ない人だな……」
 苦しいけど愛を感じて嬉しいし、仕方がないなんて言いながら口元が緩んでいるなんて、俺も大概熱に浮かされているみたいだ。
「俺だって寂しかったです。先輩のいない部屋、あまりにも静かすぎるし」
「まるで普段から俺がうるさいみたいな言い方するね」
「実際ずーっとうにゃうにゃ喋ってるじゃないですか」
「そりゃ琉生と一緒にいたらハイにもなりますよ」
 身体を離した先輩は、それでも俺の腰に手を回したまま、心の底から嬉しそうな顔をして微笑みかけてくる。
 好きな相手のそんな顔は目に毒で、俺はドキドキさせられっぱなしだ。
「……あの、俺たちって付き合うんですか」
「琉生さえよければ」
「一個だけ、確認してもいいですか」
「何個でもどうぞ」
 腰を抱かれているせいで逃げ場がない。散々格好つかないところを見せたんだから、今更恥ずかしがる必要もないか。
 そっと視線を持ち上げて先輩と目を合わせると、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「……この先もずっと、俺のそばにいてくれますか」
 それでもやっぱり照れがやってきて、誤魔化すみたいに軽く首を傾げてみる。
 一瞬目を見開いた橙士先輩の視線は、ぶれることなく俺を見据えたままだ。
「逆プロポーズ?」
「えっ……あ、いや、ちがっ……!」
 ……確かに言われてみれば、そんな風に聞こえなくもない。無自覚にとんでもないことを口にしてしまった自分に気付いて慌ててしまう。
「俺はただ、今の関係が崩れるのが嫌で、橙士先輩と過ごす時間が大切だから、その……っ」
 焦って言い訳を並べ立てる俺の頭の上に、宥めるように先輩の手のひらが載せられる。
「あんま心配しないで、付き合っても何も変わらないよ。……まあちょっと色々手は出すかもしれないけど」
「…………お、お手柔らかにお願いします」
「琉生の心の準備ができるまで待つから」
 「俺、結構待ては得意な方なんだよね」なんていつも通りのトーンで言う先輩に拍子抜けして、一気に肩の力が抜けるのがわかった。
 一人で色々と先走って考えすぎていたのかもしれない。先輩はいつだって俺の気持ちを一番に考えてくれる優しい人だって、わかっていたはずなのに。
「あと、やっぱりさっきのは俺から言わせて?」
 糖度を増した声にどきっと胸が跳ねる。先輩はかしこまった様子で俺の両手を握り直した。
「この先もずっと離すつもりないから、一生俺のそばにいてください」
 柔らかな眼差しが降り注がれる。まだ付き合ってすらいないのに、告白とプロポーズを一度に敢行する先輩が愛おしい。腹の底から喜びが込み上げて、ふっと破顔した。
「……喜んで」
 言葉を返すと、再び息が苦しくなるぐらいきつく抱き締められたので、俺も負けないぐらいに強く抱き締め返してあげた。