俺に近づいてくる奴は皆、兄貴目当てだろうと思っていた。
 ――なのに。

「美園先輩、好きです! 僕とお付き合いしてください!」
「は?」

 思わず、めちゃくちゃ間の抜けた声が出てしまっていた。
 しかしそれも仕方のない話だ。
 今俺に真っ赤な顔で告ってきたのは、全く知らない『男』だったのだから。

 ネクタイの色を見るに、そいつは先月この高校に入学したばかりの新一年生らしい。知らないはずだ。
 それにしたっていきなり過ぎる。
 俺は眉を寄せ言った。

「いや、意味わからんし。てか、お前誰だよ」
「あ、す、すみません! 新入生の明津楓(あきつかえで)と申します! 以後、お見知りおきを!」

 そうして明津は頭を下げた。

 朝、俺の下駄箱に入っていた手紙には「放課後、体育館裏に来てください。明津楓」とだけ書かれていて、てっきりその名前を見て女の子かと思った。
 だからと言って別に変な期待をしていたわけではない。どうせいつものだろうと書いてあった通り放課後、体育館裏に来てみればこれだ。

 予想外過ぎて、俺は内心めちゃくちゃ動揺していた。
 てっきり、いつものように兄貴への贈り物や手紙を渡してくれと言う呼び出しだと思ったのに。

(俺のことが、好き……?)

 俺の名は美園桜空(みそのさく)
 高校3年生。17歳。美術部所属。どこにでもいる平凡な男子高校生だが、ひとつだけ平凡ではないところがある。
 それは、2つ上の兄である美園凛空(みそのりく)が、人気アイドルグループのメンバーだということだ。
 お蔭で俺は兄貴がデビューした3年前から「あの美園凛空の弟」として有名となり、この3年間、兄貴の連絡窓口みたいなことをやっている。

 兄貴の誕生日やバレンタインデーなんて酷いものだ。
 本人に渡せるかどうかわからないと言っても「それでもいいから」と必死に頼まれれば無下にも出来ず、大体両腕に大量の袋を提げて帰宅することになる。

 別に兄貴のことが嫌いなわけではない。俺にとっても自慢の兄貴だ。
 兄貴の頑張りを間近で見てきたし、デビューが決まったときは家族皆で大喜びした。

 ただ、どうしても平凡な自分と比べてしまい落ち込むことがある。
 これまでで一番ヘコんだのは、中三の頃。気になっていたクラスの女子からメッセージが入り期待して見たら兄貴へのファンレターだったときだ。あれは流石にがっくり来た。

 それから、どんな奴から連絡や呼び出しがあってもどうせ目当ては兄貴だろうと思うようになったし、それが外れたこともない。

 そんな生活を3年送ってきた。
 今日のように知らない奴から呼び出されるのなんて、もう日常茶飯事だ。

(でも、俺自身が告られるのは初めてだな……)

 しかし、相手は男である。

 しかもよく見ると、そいつはやたら可愛い顔をしていた。
 背は俺より低いがそれこそアイドルにいそうなタイプだ。女子に、特に年上のお姉さんからモテそうだと思った。
 そこで俺はピンときた。

「あ~、兄貴に口利きしてくれってことなら無理だからな」

 そう溜息交じりに言う。
 ……たまにいるのだ。アイドル志望で、兄貴を通して事務所に口利きしてもらえないかと頼んでくる奴が。
 勿論そういうときには丁重にお断りしている。――しかし。

「え?」

 明津はきょとんとした顔をした。

「お兄さん、ですか?」

 そうして首を傾げた奴を見て、俺は眉を顰める。

(……違うのか?)

 それより、まるで兄貴のことを知らないかのような反応だ。
 まさか、この学校でそんな奴がいるのか?

「美園凛空。知ってるだろ?」
「え、えっと、……ごめんなさい。有名な方なんですか?」

 申し訳なさそうに言った彼を見て俺は開いた口が塞がらなくなった。
 まさか本当に兄貴のことを知らない奴がいるなんて。

(ってことは、こいつは本当に兄貴関係なく、俺に告ってきたってことか……?)

 そう思ったら、急に胸が騒がしくなってきた。

「――な、なんで俺なんだよ。初対面だよな?」
「はい。でも僕は、去年から先輩のことを知ってました」

 赤らんだ真剣な顔で言われる。

「去年? でもお前、一年だよな?」
「はい。去年の学園祭で先輩の絵を見て、僕、感動しちゃって」

 それを聞いて俺は目を見開いた。
 確かに、毎年この高校の学園祭では美術部の作品展を行う。
 俺も去年、一昨年と自分の描いた油絵を展示したけれど。

 明津はうっとりとした顔で続けた。

「こんな素晴らしい絵を描いたのはどんな人だろうってずっと気になってて。この高校に入学出来たら絶対に話したいと思ってたんです」

 そう力説されて俺はじわじわと自分の顔が赤くなっていくのを感じた。

 ……なんだそれ。
 それが本当なら、普通にめちゃくちゃ嬉し過ぎるんだが?

(いやいや、絵に感動したからって告るか普通? しかも同じ男に)

 俺はコホンと咳払いしてから言う。

「あー、絵を見てもらえたことは嬉しい。でも、俺のことは全然知らないだろ?」
「はい!」

 そのとても良い返事に気が抜ける。

「はいって……」
「なので美園先輩! 僕とお付き合いしてください!」
「いやいやいや、やっぱ意味わからんし」
「僕、先輩のことが知りたいんです! そのためにはやっぱりお付き合いするのが一番かなと!」
「いや、おかしいだろ!」
「えっ、それって、ダメってことですか?」
「ダメに決まってるだろうが! そんな理由で男と付き合えるか!」

 ヤバイヤバイ。
 危うく絵を褒められた嬉しさでちょっと絆されそうになってしまった。
 落ち着いてよく考えろ、俺。
 はっきり言ってコイツはおかしい。可愛い顔をしているがおかしい。
 絵に感動したからって描いた本人のことを良く知らずに同性に告るって、普通はありえない。

 すると、明津は可愛い顔をムっとむくれさせて言った。

「わかりました」

 わかってくれたかとホっとする。が。

「じゃあ、先輩にお付き合いしてもらえるように僕これから頑張ります」
「は?」
「手始めに、僕美術部に入部しますので、よろしくお願いします!」
「はぁ!?」

 最後は笑顔でにっこりと言われて、俺は完全に裏返った声を上げていた。