泣いていたのは、きみの影。


「……なにそれ。どういう意味?」

 そう返すしかできない俺に、志乃原は落ち着いた声で答える。

「んー……ふと思っただけっていうか……こう言うとポエムっぽくて恥ずかしいんだけど」

 そして髪を耳にかけると、ふっと顔を上げた。

「……光が当たって、影ができるわけでしょ? だから嘘をつきようがないっていうか……当たり前だよね、なんかうまく言えなくてごめんすぎるかも。ちょっと待ってね。えーっと……」
「いいよ、ゆっくりで」
「…………なんていうか……どんな時も、いちばんそばにいるじゃない? 影ってさ」

 ほんとポエムっぽい、と笑顔を浮かべたまま志乃原は窓の外を眺めた。
 小さく笑うくせがあるらしい彼女は、笑うときに肩を小さく揺らすことが多い。
 多くもないけど少なくもない交流の中で、俺はそれを知っていた。
 らしくないね、とまた笑った志乃原の肩はやっぱり小さく揺らされていて、だけど──
 志乃原の影はまったく揺れていない。
 むしろ、小さく丸まっているように見えた。

「……上野くんは、影を気にしたことある?」
「えっ?」
「あ。聞かれると思ってなかったな?」
「うんまぁ……」
「それで、どう?」
「うーん……まあ、絵を描くときは光の方向は気にするけど」
「そうじゃなくて」

 志乃原は静かに首を横に振る。

「影の方が、本当のことを知ってる気がしたことはある? ってこと」

 そして、まっすぐに俺を見た。 
 冗談──という顔にも見えないし、第一、志乃原がフィクション(もしも話)で他人と盛り上がるイメージもない。
 しかも何かに怯えているような、(すが)るような目をしていた。

「……そんなこと、今言われるまで……」

 言いかけて、やめた。
 この答えはさっきから俺が見ているものを否定してるものだし、そうするのは簡単だ。
 ただの目の疲れとか妄想だと片付けるのも簡単。
 でも、間違いないんだ。
 志乃原の影は、志乃原の真実()を知っている。