泣いていたのは、きみの影。

 顔を上げて志乃原を見る。
 笑顔を保ったまま俺を見返す志乃原は、どうしたの? と言わんばかりにちょっとだけ首を傾げた。
 思い込み? 見間違い? いや、どっちでもない。
 どうして俺にしか見えないのかも、これが現実に起こっていると確信できたのかはうまく説明できない。
 ただ、わかった。
 志乃原の影は、本音をこぼしているんだと。

 志乃原はスケッチブックを閉じ、そのまま静かに机へ戻した。

「ありがとう。……なんか、見てるだけで落ち着いた」
「なら、よかった……」

 答えながら、俺の視線は志乃原の足元に注がれたままだ。
 影はさっきよりも小さく揺れていた。
 志乃原は揺れていない。
 今は強い風が吹いてもいないし──というか、風があったとしても揺れるのはカーテンだけのはず。
 陽炎(かげろう)が見えるほど暑い日でもないんだから、やっぱり影だけが左右に揺れるなんておかしい。
 影は揺れは、さらに小さくなっていく。
 それでも俺は、違和感が拭えないまま志乃原の影から目を離せないでいた。
 気づけば美術室は淡いオレンジ色に染まっている。
 小さく「んん」というような、咳払いに似た呼吸を整える音に俺は顔を上げた。
 胸の前で両手の指を絡めながら、今度は志乃原が足元に視線を落として言う。

「ねえ、上野くん」
「……ん?」
「……人ってさ。嘘をつくとき目に出るって言うよね」

 突然ふられた話題に、反応に迷った。

「まあ、体のどこかしらに出るってのは見たことあるかも。目だけじゃなくて、手とかも」
「そっか……」

 志乃原は小さく息を吐く。

「……影には嘘をつけないって、思ったことはある?」

 そのひと言に、俺の心臓が跳ねた。
 俺は思わず志乃原の影を見る。
 志乃原自身は静かに俯いているのに、影は、ほんのわずか、怯えるように縮んでいた。