放課後の美術室は、いつもより少しだけ冷たかった。
窓の外に沈みかけた太陽がゆっくりと色を変えながら、室内に細い光の帯を落としている。それは青くもあり、金色にも近く、角度によってわずかに揺らいで見えた。
俺はその中で、スケッチブックを開いていた。
モチーフはなんでもよかったはずなのに、なぜか心が落ち着かなくて鉛筆を撫で回している。こういう日は線が浮つくから、気持ちばかりせいても仕方がない。
その時、ふと後ろのドアが小さく音を立てた。
振り返ると、隣のクラスの志乃原凪が立っていた。
志乃原は一瞬だけ目をまるくしたように見えたが、どこか申し訳なさそうに視線を逸らす。
「上野くん、まだ残ってたんだ。部活は終わったんだよね?」
「ああ……うん。ちょっと、描きかけっていうか」
志乃原は美術部じゃない。
でも時々、美術室に顔を出すことがあった。
顧問が一年のころの副担だったとかで、理由はよくわからないけど出入りをなぜか許されている。俺もほかの部員たちも、志乃原がいることを気にすることもなかった。
薄いカーディガンを羽織った志乃原は、窓際まで歩いて行くと太陽に背を向けて立ち止まる。
──あれ?
小さな違和感。
志乃原が顔を上げるより数秒早く、彼女の足元に伸びる影が俯いた気がしたのだ。
俺は鉛筆を握ったまま動けなくなる。
それこそ光の角度でそう見えただけかなと、最初は思った。でも何かが違う。
影が揺れたとか形を変えたとかじゃなくて──「動いた」ように見えた。しかも、志乃原自身の動きとは逆に。
「……どうかした?」
志乃原の声がする。
でも俺はなんて答えたらいいのかわからなくて、結局、
「や……なんでもない……」
それしか言えなかった。
志乃原は不思議そうに首を傾げたあと、いつものように控えめに笑った。



