最近、航の態度がそっけない。
俺、何かした……?
そう思い返しても、何も心当たりが無い。
ほら、今日も……。
「おはよう、航」
朝、近所に住んでいる航と偶然出会った。なので俺は軽く挨拶する。いつもの日課だ。すると航は、俺のことをちらりと見た後、ぼそっと小さな声で。
「……おはよ」
だけ、それだけ言ってスタスタと高校の方に向かって進んで行く。俺はその背中を追いかけようとした。けど……。
もしかしたら、あんまり絡むとウザいと思われてしまうかもしれない……。
そう思うと、足が思うように動かない。
俺はしばらくその場に立ち止まったまま、遠ざかる航の背中を眺めていた。
***
航とは幼馴染だ。
小学校も、中学校も同じ。
特に、中学校の時は、仲が良かった(俺がそう思っているだけかもしれないけど)。
同じ文芸部に所属していて、お互いに書いた小説や詩を見せ合いっこしたものだ。
いっこ学年の上の俺が先に卒業した後は、ちょっとだけ交流の機会は減ってしまったけど、挨拶の後は「テストどうだった?」とか「受ける高校決まったのか?」とか「勉強のお供には甘いもんが良いぞ」とか会話をしていたものだ。
その頃は、楽しかった。
航も笑って、俺と会話をしてくれたし……それなのに。それなのに……。
航は、高校入学と同時に変わってしまったのだ。
一緒に登校もしないし、部活も違う。近所に住んでいるのに交わす言葉は「おはよう」だけ……。
どうしてしまったんだ、航。
あっ、まさか……高校デビュー!?
そんな、いや、まさか……。
けど、ありえる。
航は、いわゆるモテる容姿をしている。
髪は染めていないけど、茶色っぽいし、背も百八十センチくらいあるし、勉強も出来るし……イケメンだし。完璧男子だ。
それに比べて俺は……平凡な男だ。見た目も学力も普通。どこにでも居るような普通の高校生だ。自分で言っていて悲しいけど。
そうか……俺は、航の横に居たら邪魔なのかもしれない。キラキラした奴の友達は、だいたい同じようにキラキラしている。
ああ、そうか。俺は相応しく無いのか、航に……。
そう結論が出た途端、俺の肩に何かがずしんとのしかかった。
なんだか、寂しい……。
ずっと、近くに居たのにな。
大きく成長して、航ったら……。
なんて、まるで親みたいな気持ちになる。これが、親離れ……。ああ、寂しい……。
「……くしゅん!」
吹き付ける冷たい風が俺にぶつかって、俺はくしゃみをした。誰かが俺の噂をしているのかも……って三秒だけ考えて止めた。俺みたいな地味な奴の噂なんてする人間は居ないだろう。
「……あーあ」
ひとり呟いて、歩いて高校に向かう。
徒歩で通える高校を選んで正解だった。ぎりぎりまで寝ていられるから。
隣に航が居たら、気持ちがあったかくなるんだろうな、そう思いながら、俺はコートのポケットに手を突っ込んだ。
***
三限目の授業が終わって、俺は机に突っ伏していた。疲れた。数学、嫌い。
次の授業は、世界史だ。俺は机の引き出しから、それに使う教科書やノートを取り出して息を吐く。早く、昼ごはんが食べたい。ちなみに昼食は母親が作ってくれた、冷凍の唐揚げ弁当だ。月曜日から金曜日まで同じメニュー。文句を言ってはいけない。作ってくれるだけ、感謝だ。
そんなことをぼんやりと考えていると、何やら廊下がざわざわうるさくなった。俺は振り返ってそっちを見る。そこには——航が居た。俺は驚いて航を見つめる。航もこちらに気が付いたようで、俺の方に向かって教室の中に入って来た。
「こ、航! どうした!?」
驚きを隠さない俺に、航は小さな声で言ってきた。
「……国語の便覧、貸して……下さい」
「便覧!?」
国語の便覧は、三年間使うものだ。先生からは無くすなよー、と言われている。それを航が借りに来るなんて、どうしたんだろう?
「……昨日、宿題で使ったら部屋に忘れて来ちゃって……」
「お、おう」
こうやって航が俺を頼ってくるなんて、今日は空から槍でも降るんじゃないだろうか。
俺は引き出しから、国語の便覧を取り出して、航に渡す。
「ほい! 今日は使わないから、一日持ってて良いぞ!」
「……ありがとう」
ありがとう……!
航が、俺に、ありがとうって言った……!
嬉しい!
なんだかテンションが上がった俺は、航に向かって明るく言った。
「よく、俺の教室が分かったな!」
「……分かんなかったから、全部の教室を覗いた」
「きゃぁー、覗くだなんて! 破廉恥!」
「……ぷは、なんだよ、それ」
航が、笑った。
久しぶりに見る航の笑顔は、格好良いけど、可愛い。
それじゃ、ありがとうと言って、航は便覧を手に教室の出口に向かう。それから、一度振り向いて俺に言った。
「昼休みに、返します。ありがとう、先輩」
……先輩?
分かった、と俺は返事をしながら、俺は心に何かが引っ掛かるのを感じていた。
——先輩。
今まで、そんな呼び方されなかったのに。
どこかモヤモヤする気持ちを抱えながら、俺は授業の始まりを告げるチャイムを聞いていた。
俺、何かした……?
そう思い返しても、何も心当たりが無い。
ほら、今日も……。
「おはよう、航」
朝、近所に住んでいる航と偶然出会った。なので俺は軽く挨拶する。いつもの日課だ。すると航は、俺のことをちらりと見た後、ぼそっと小さな声で。
「……おはよ」
だけ、それだけ言ってスタスタと高校の方に向かって進んで行く。俺はその背中を追いかけようとした。けど……。
もしかしたら、あんまり絡むとウザいと思われてしまうかもしれない……。
そう思うと、足が思うように動かない。
俺はしばらくその場に立ち止まったまま、遠ざかる航の背中を眺めていた。
***
航とは幼馴染だ。
小学校も、中学校も同じ。
特に、中学校の時は、仲が良かった(俺がそう思っているだけかもしれないけど)。
同じ文芸部に所属していて、お互いに書いた小説や詩を見せ合いっこしたものだ。
いっこ学年の上の俺が先に卒業した後は、ちょっとだけ交流の機会は減ってしまったけど、挨拶の後は「テストどうだった?」とか「受ける高校決まったのか?」とか「勉強のお供には甘いもんが良いぞ」とか会話をしていたものだ。
その頃は、楽しかった。
航も笑って、俺と会話をしてくれたし……それなのに。それなのに……。
航は、高校入学と同時に変わってしまったのだ。
一緒に登校もしないし、部活も違う。近所に住んでいるのに交わす言葉は「おはよう」だけ……。
どうしてしまったんだ、航。
あっ、まさか……高校デビュー!?
そんな、いや、まさか……。
けど、ありえる。
航は、いわゆるモテる容姿をしている。
髪は染めていないけど、茶色っぽいし、背も百八十センチくらいあるし、勉強も出来るし……イケメンだし。完璧男子だ。
それに比べて俺は……平凡な男だ。見た目も学力も普通。どこにでも居るような普通の高校生だ。自分で言っていて悲しいけど。
そうか……俺は、航の横に居たら邪魔なのかもしれない。キラキラした奴の友達は、だいたい同じようにキラキラしている。
ああ、そうか。俺は相応しく無いのか、航に……。
そう結論が出た途端、俺の肩に何かがずしんとのしかかった。
なんだか、寂しい……。
ずっと、近くに居たのにな。
大きく成長して、航ったら……。
なんて、まるで親みたいな気持ちになる。これが、親離れ……。ああ、寂しい……。
「……くしゅん!」
吹き付ける冷たい風が俺にぶつかって、俺はくしゃみをした。誰かが俺の噂をしているのかも……って三秒だけ考えて止めた。俺みたいな地味な奴の噂なんてする人間は居ないだろう。
「……あーあ」
ひとり呟いて、歩いて高校に向かう。
徒歩で通える高校を選んで正解だった。ぎりぎりまで寝ていられるから。
隣に航が居たら、気持ちがあったかくなるんだろうな、そう思いながら、俺はコートのポケットに手を突っ込んだ。
***
三限目の授業が終わって、俺は机に突っ伏していた。疲れた。数学、嫌い。
次の授業は、世界史だ。俺は机の引き出しから、それに使う教科書やノートを取り出して息を吐く。早く、昼ごはんが食べたい。ちなみに昼食は母親が作ってくれた、冷凍の唐揚げ弁当だ。月曜日から金曜日まで同じメニュー。文句を言ってはいけない。作ってくれるだけ、感謝だ。
そんなことをぼんやりと考えていると、何やら廊下がざわざわうるさくなった。俺は振り返ってそっちを見る。そこには——航が居た。俺は驚いて航を見つめる。航もこちらに気が付いたようで、俺の方に向かって教室の中に入って来た。
「こ、航! どうした!?」
驚きを隠さない俺に、航は小さな声で言ってきた。
「……国語の便覧、貸して……下さい」
「便覧!?」
国語の便覧は、三年間使うものだ。先生からは無くすなよー、と言われている。それを航が借りに来るなんて、どうしたんだろう?
「……昨日、宿題で使ったら部屋に忘れて来ちゃって……」
「お、おう」
こうやって航が俺を頼ってくるなんて、今日は空から槍でも降るんじゃないだろうか。
俺は引き出しから、国語の便覧を取り出して、航に渡す。
「ほい! 今日は使わないから、一日持ってて良いぞ!」
「……ありがとう」
ありがとう……!
航が、俺に、ありがとうって言った……!
嬉しい!
なんだかテンションが上がった俺は、航に向かって明るく言った。
「よく、俺の教室が分かったな!」
「……分かんなかったから、全部の教室を覗いた」
「きゃぁー、覗くだなんて! 破廉恥!」
「……ぷは、なんだよ、それ」
航が、笑った。
久しぶりに見る航の笑顔は、格好良いけど、可愛い。
それじゃ、ありがとうと言って、航は便覧を手に教室の出口に向かう。それから、一度振り向いて俺に言った。
「昼休みに、返します。ありがとう、先輩」
……先輩?
分かった、と俺は返事をしながら、俺は心に何かが引っ掛かるのを感じていた。
——先輩。
今まで、そんな呼び方されなかったのに。
どこかモヤモヤする気持ちを抱えながら、俺は授業の始まりを告げるチャイムを聞いていた。



