カーテンの隙間から陽光が射している。
いつも通りの朝。でも実際は全然違う。けたたましいアラームを止め、ベッドから飛び起きた。
────今日から貴島が学校に来る。
舞台に乗り出すような勢いで制服に着替え、身なりを完璧にしてから家を出た。
昨夜のうちに貴島と駅で待ち合わせの約束もしてるし、良い感じだ。
学校の最寄り駅へ向かうと、ちょうど改札前でスマホに視線を落とす貴島が見えた。
「貴島! おはよっ」
「……おはよう」
安定のローテンション。しかし美形はただいるだけでマイナスイオンを発するらしい。女子高生の熱い視線を感じながら、彼と並んで歩き出した。
「ウチの学校の制服、めっちゃ似合ってるぞ」
「どうかな。一年生に戻った気分」
貴島は慣れない制服だからか、入学式に来たみたいだ、と零している。ポケットに手を入れ、可笑しそうに空を仰いだ。
「……でも、こうしてお前と歩くのは楽しいし。嬉しいな」
「……おぉ」
俺もだ。
同じ学校に通えるなんて思わなかったから、実はちょっと感動していた。
でも軽く頷くだけにした。冷静な彼の手前、あまりはしゃげない。これはこれで難儀だ。
っていうか、そうだ。俺も普段通り、貴島の前でもクールに振る舞おう。これまで築いた完璧な優等生のイメージを崩すわけにはいかない。
学校に着き、貴島と廊下を歩く。職員室の前を通りがかったとき、ちょうど扉付近にいる担任と目が合った。
まだ若い男性教師。藤間先生だ。
「おー、おはよ。川音に、貴島君だな。改めてこれから宜しく!」
ん?
藤間先生は俺だけでなく、貴島に向かって微笑みかけた。既に知り合いのようだけど、もしかして。
「貴島が入るのって、二年二組?」
「あぁ」
「俺もだよ。奇跡じゃん!」
やったぁ。
まさかの同じクラス。こんな嬉しい偶然があって良いんだろうか。
ほくほくしながら佇んでると、藤間先生は感心したように顎に手を添えた。
「転校生が来るなんて言ってなかったのに、よく貴島君に気付いたな、川音」
さすが生徒会長有力候補は違うな、と彼は笑っている。でも一緒にいたのは別の理由があるから、説明しようとした。
「いえ。先生、実は俺達幼なじ」
「実は職員室の場所忘れてしまって。迷ってたら、彼が声を掛けてくれたんです。困ってたので本当に助かりました」
エッッ。
何を言ってるのか一瞬分からず、貴島の顔を凝視した。ところが彼は落着し、藤間先生と笑い合っている。
先生もまた、少し誇らしげに腕を組んだ。
「そうそう、川音は面倒見が良くて、学校一のモテ男なんだぞ。貴島君も、困ったことがあったら川音に何でも聞きな」
「そうします。ありがとうございます」
「うん。じゃ、俺もすぐ教室に行くから……川音、先に貴島君を教室に案内してあげてくれ」
藤間先生はそう言うと、必要な物を取りに職員室へ戻っていった。
二人きりになり、思わず貴島に詰め寄る。
「何言ってんだよっ。初対面みたいなふりしてさあ……」
「良いんだよ。先生だけじゃなくて、クラスメイトにも隠しておこう。偶然って言っても信じてもらえなさそうだし」
貴島は何でもないように腰に手を当てる。けど転校生は定員に満たないクラスじゃないと入れないし、偶然と言えば皆納得してくれるはずだ。
俺は正直、彼と幼馴染ということを声を大にして言いたい。六年ぶりに会えた、自慢の親友なんだって。でも。
「転校生を気にかけてる、って顔しとけよ。優等生なら尚さら好感度上がるだろ」
「……」
多分、貴島は俺の為を想って言ってくれてるんだろう。
でも俺は自分の株なんてどうでもよくて、ほんとのことを公言したい。彼と仲良しだってことの方が百万倍重要だから。
あれ。でも“仲良し”ってのも変か?
引っ越してからはたまに連絡をとるだけ。それもメッセージでのやり取りだったし。
貴島の大親友を気取るのもお門違いなのかも。そう思うと、何かすごく悲しい。
「それはそうと、やっぱりモテるんだな」
「べ、別に……」
「教師が言うなんて相当だぞ。……彼女いるのか」
一歩前に出ようとして、やめた。
顔を上げると、貴島は真剣な表情でこちらを見ていた。
隠してる部分を射抜くような眼差し。それが少し怖くて、視線を逸らした。
何故か息苦しい。誰に訊かれても笑顔で答えられたことなのに。
貴島には、触れてほしくないと思ってしまった。
「……いないよ。お前は?」
貴島はイケメンだから、彼女がいて当然だ。
でも、できれば知りたくない。
何で知りたくないのか、それも分からないけど……話の流れで聞き返してしまったことに、内心のたうち回りたい衝動に駆られる。
我ながら謎過ぎてため息をつくと、彼は軽く片手を振った。
「いないよ。一度もできたことない」
笑えるだろ、と言って貴島は微笑んだ。
正直意外だったけど、俺も同じなのでかぶりを振った。
「貴島ならすぐできるよ」
「どうかな。……そもそも欲しいとも思ってないから。お前と会えただけで充分だし」
……。
歩幅を合わせながら、騒がしい教室へと向かう。
表情こそ真顔を保ったものの、心の中は嵐が巻き起こっていた。
俺も“彼女”は考えられない。
彼とまた会えたこと。今はそれだけで、怖いぐらい幸せなんだ。
……なんて、そんなの絶対言えそうにないけど。


