幼い頃はちょっと揶揄われただけで泣きそうになった。そしてその度に貴島に守られていた。
でももう甘えてはいけない。寄りかかってもいけない。

弱い心を戒めるようにシャツの裾を握り締めると、貴島は切れ長の目をさらに細めた。

「……ご馳走様」
「あ、もう食ったんだ。早いな」

俺はまだ半分しか食べてないのに、貴島はスープも飲んでいた。慌てて残りを食べようとすると、「ゆっくりでいい」と袖を引かれた。

でも横からちょいちょい視線を感じるから、超スピードで完食した。

「美味かったな」
「うん。……うぷ……っ」

店を出て、人の少ない電車に乗り込む。慌てて食べたせいでラーメンが逆流してきそうだ。最高に苦しかったけど、どこか楽しそうに窓の外の景色を眺める貴島を見て心を落ち着けた。

「川音はすっかり東京に染まってるな」
「そりゃ六年もいればな。貴島もすぐ慣れるよ」

むしろ彼の方がオシャレで、目を引く。知らない道も颯爽と歩くし、俺の方が気後れしとる。
ガラガラだったからシートに座り、肩を寄せ合う。初めて彼に触れた気がして、何だかどきどきした。

「あ。荷物はもうお兄さんの家に送ってるんだっけ?」
「あぁ。だから楽だったよ」

電車を乗り換え、貴島の最寄り駅のホームに降り立つ。まだもう少し話していたかったけど、時間も遅いしあまり引き留められない。
それでも手を後ろに回してソワソワしてると、彼は含みのある笑みを浮かべた。

「お前、ずっと落ち着きないな」
「だって……」

久しぶりに会ったのに。会えたのに、貴島は落ち着き過ぎだ。
嬉しいのは俺だけなのかな。
俺は嬉しくて叫びたいぐらいなのに。

「貴島が、何か静かだから。俺何かしちゃったかな、って思って」

恥ずかしいけど、意を決して尋ねた。手が震えていたから、気づかれないよう後ろに回す。

あああ。やっぱり訊かなきゃ良かった。微妙な反応が返ってきたらど───しよ。
恐る恐る見返すと、彼は不思議そうに首を傾げた。

「いつもこんなテンションだよ。つうか、むしろ高い方」
「ほ、ほんと?」
「疑ってんな。六年ぶりに会えて、嬉しくないわけないだろ」

彼は至極真面目に告げた。感情の起伏や表情が一切変わらないから不安で仕方なかったけど……どうやら喜んでくれていたらしい。

ホッとして、ひとり息をつく。すると貴島は思い出したように鞄からお菓子を取り出した。
「ほら。機嫌なおせって」
「怒ってるわけじゃないよ! でも貰う。ありがとう」
貴島がくれたのは、俺が大好きだった地元の銘菓。有り難く受け取り、今度こそ改札口まで向かった。

変化はあるけど、根本的なところは変わってないのだろう。
底なしの優しさとか。上手く言い表せないけど……何の根拠もないのに、俺は彼に絶対的な信頼をおいてる。

そう思わせる理由があったはずなんだ。自分でも忘れるほど、ずっと昔に。

何にせよ、躊躇いなく空港まで会いに行けるぐらい大事な存在ってことで。

腰元までしかない鉄柵を挟み、改札から出た彼と向き直る。

「貴島っ」

柵に腕をかけ、声を潜める。

「あのさ。真面目な話。……会えて嬉しかった」

でか過ぎて手に負えない感情。隠さないと、と思うのに無理だった。

引かれることを覚悟して待ってると、貴島は一瞬顔を逸らした。瞼を伏せ、静かに告げる。

「それ俺の台詞」

視線を交差させ、互いに吹き出した。

彼はやっぱり落ち着いていたけど、優しく微笑んでいた。逡巡の後こちらに一歩寄り、俺の前髪にそっと触れる。

「気をつけて帰れよ」
「うん。おやすみ」

その後も無言で見つめ合ってしまったせいか、周りの視線を少し感じた。咳払いし、慌ててその場から離れる。
貴島の後ろ姿が見えなくなってすぐ、またメッセージが届いた。

『今日はありがと』、という一文だけ。
けど存外嬉しいもので……しばらくその場で画面を眺め続けてしまった。