気まずい。
多分互いに引いてるぞ、これ。
会いたかったし、会えてすごく嬉しい。
けど成長し過ぎて完全に知らない人のオーラが流れちゃってる。
凍てついた空気を打破するべく、彼の手を引いた。
「そうだ! 腹減ってないか? 何か食いに行こう!」
周りにも再会を喜んでる人達がいたが、静かに見つめ合ってる自分達と酷く対照的。逆に恥ずかしくて、場所を移ることにした。
貴島は特に気に留める様子もなく、黙ってついてきた。
ただ歩いてるだけで見惚れそうだけど、変な感じだ。
違和感の原因は容姿だけじゃない。中身だ。
昔の彼はもっとお喋りで、意欲的な少年だった。
ところが今の彼は恐ろしくクールだ。六年の月日が彼を変えてしまったらしい。
「ラーメン好き?」
尋ねるとコクッと頷いた為、彼とレストラン街のラーメン屋に入った。カウンター席に案内され、お通しのネギのせメンマを食べる。
「学校はいつから来るの?」
「来週の月曜から」
「ほ〜。じゃ、一緒に行こうぜ」
微笑みかけると、彼は一瞬驚いた顔を見せた。
いやいや、何でそこで驚くんだ。
「何だよ、駄目?」
「……違う。本当に変わったな、と思って」
「そう?」
「あぁ。真っ先に迎えに来たのも驚いた」
注文したチャーシュー麺が目の前に置かれる。手探り状態ではあるが、互いに言葉を発するタイミングを慎重に取り出していた。
割り箸を渡すと、貴島はようやく口端を上げた。
「ありがとな」
「……おぉ」
何か、改まって言われると照れる。
顔が熱くなった気がして、慌てて視線を前に戻した。
貴島とは、六年前まで同じ小学校に通っていた。
家が隣だった為、物心ついた時から一番近くにいた。同い年なのにしっかりして、頼もしい彼に随分助けてもらっていたと思う。
でも小学五年生のときに俺は親の転勤で東京へ引っ越すことになった。貴島の家と距離があるから会えずにいたけど。
「お父さん大変だな。シンガポールに単身赴任とか」
「あぁ。でも二年だけだし、兄貴の家に居させてもらえることになったから。むしろついてた」
彼は父子家庭だ。そのお父さんが海外赴任することになり、急遽お兄さんがいる東京へやって来たのだ。
半年前、久しぶりに彼から連絡を受け取った時、それはもう嬉しくて舞い上がった。
ずっと一緒にいたかったのに、離れなくてはいけなくなった親友。彼が自分が通う高校に転入するというのだから。
住所を移したり大変だったはずだけど、転入試験も問題なかったようだ。学校に生徒の枠が空いてることも幸いで、無事来週から一緒に通うことができる。
再会したときはやっばい緊張してたけど、ようやく深い喜びが込み上がってきた。
「前の学校はどうだった? 勉強難しかった? 部活とか、委員会は入ってた?」
「質問攻めだな」
貴島が苦笑したから、思わず口を手で覆った。
訊きたいことがたくさんある。でも大移動で疲れてるだろうし、今日は彼を労らないと。
「悪い、それはまた今度! とりあえず、俺達の再会に乾杯!」
「はいはい。乾杯」
瓶のコーラをカチンと鳴らし、一気に煽る。冷たい炭酸は涙が出るほど辛かったが、頭の中がすっきりした。
俺の中では親友以上、の青年だ。……強くなりたいと思ったのも、全部彼の為。
昔はいつも心配をかけてたから。今度こそ俺が彼を支えてみせる。
「貴島、困ったことがあったら何でも言えよ。学校でもそれ以外でも。俺が解決する」
「頼もしいな。……それじゃ、早速ひとついいか」
「何!?」
役に立てると思ったら嬉しくて、箸を置いて横を向いた。すると貴島は不敵な笑みを浮かべ、俺の額を指でつついた。
「学校の中。案内して」
……。
あまりに些細なお願いで、呆然としてしまった。
「そんなん頼まれなくてもする」
「そっか。サンキュー」
でもそんな小さなことすら確認しないといけない……俺達の距離は、それほど遠のいてしまったんだろうか。
実際大人びた彼と相対するのは、妙に緊張する。他人行儀になりそうだけど、本意じゃない。
コーラを飲み、申し訳なさに俯く。
「貴島……久しぶりに会ったら引くほどかっこよくなってるから、軽く引いた」
「何だソレ」
貴島は、ここで初めて可笑しそうに肩を揺らした。ひとしきり笑った後、意味ありげな視線を寄越す。
「俺からすれば、お前の方がきらきらしてて焦るよ。驚いたけど、中身は変わってなくて安心した」
「いや、中身の方が変わったよ。自分で言うのも何だけど、昔より百倍しっかりしてる」
「そう? ……別に変わらなくても良いのに。深白はそのままで」
彼からすれば、何気ないひと言だったのかもしれない。
しかし俺にとっては天地が割れるほどの台詞だった。
死ぬ気で勉強して、上がり症を克服して、揺るがない優等生の地位を築いた。それはかつての情けない自分を知る、貴島に胸を張って会う為だったのだから。


