筆と恋と春を待つ姫

第4話「氷の滝」

◯氷の張った滝
晴彦「この滝つぼで俺は産まれ、その後雪村家に引き取られました」
咲良「え」
晴彦「そもそも雪村家に代々、筆の力が受け継がれるのは俺の祖先の鬼が雪村家にお礼として授けたものらしいです」
咲良「そうなの? そんな話聞いたことない……」
晴彦「それがいつの頃からか力を持った子が生まれなくなった……それで約束が違うと、鬼の子である俺が憎まれているのです」
咲良「そんな、逆恨みだわ」
咲良(力を失ったのは雪村家がその力をお金儲けに使い始めたから? でもだとしたら)
咲良は晴彦の横顔を見つめる。
咲良(晴彦に暗示が効いているのはなぜ? 晴彦は全てを知っているんじゃないの? 晴彦の気持ちがわからない)
晴彦「今日は一日お休みですから、どこへ参りましょうか?」
ぱっと顔を輝かせる咲良。
咲良「なら湖に行きたい」
晴彦「ええ、行きましょう」

◯湖
久しぶりの外出にはしゃぐ咲良。
咲良(お出かけなんて久しぶり。しかも晴彦と一緒だなんて)
咲良「きれーいっ!」
はしゃいで湖に落ちそうになる咲良を支える晴彦。
晴彦「あ、危ないですよ」
咲良「あ、ご、ごめーん。あんまり綺麗で、えへへ」
晴彦「ふ、ははは。あなたって人は昔から……」
咲良「昔? 覚えてないんじゃないの?」
晴彦「え、い、いや。なんでもないです」
誤魔化す晴彦。
不思議そうな顔の咲良。

◯湖のほとりでのんびり座る二人
晴彦「寒いですか?」
咲良に羽織をかける晴彦。
咲良「え、大丈夫……ありがとう」
咲良(久しぶりにのんびり過ごせて、幸せ……)
晴彦に頭を預ける咲良。
咲良(こんな日がずっと続けばいいのに)
晴彦「……ここが好きなら、ずっとここに居てください」
咲良「え」
荒っぽい足音が聞こえてくる。
使いの男「ここにいたか筆姫。さぁ約束だ、来てもらおうか」
怯える咲良の手を掴もうとする使いの男の腕を掴む晴彦。
晴彦「何するんですか? まだ療養中ですよ?」
使いの男「またきさまか」
咲良「駄目よ、晴彦……」
使いの男「もう待てない、すぐに来てもらう」
晴彦「そんなめちゃくちゃな……」
咲良「すぐに準備します、ですので一旦二人にさせてもらえますか? 留守中のことの相談もあるので」
使いの男「わかった」
去っていく使いの男。
晴彦「咲良様……どうして」
心配そうな晴彦。
咲良「大丈夫。すぐに戻るから」
晴彦「俺も行きます……」
咲良「駄目よ。一人で行くわ」
晴彦「どうして……」
咲良(これ以上晴彦を巻き込むわけにはいかない。私は筆姫だもの。一人で行って戻ってくるわ)
晴彦に羽織を返す咲良。
咲良(だけどその前に……晴彦の心を自由にしなくちゃ。元に戻ると書こうか、それとも好きの反対の、嫌いと書こうか……)
晴彦に伸ばした咲良の両手を掴む晴彦。
晴彦「やめてください……だめですよ、今のままで、何か問題でも?」
咲良「え?」
晴彦「……好きでいさせてください……」
苦しむ表情を隠すように下を向きながら呟く晴彦。
使いの男が遠くで声をあげる。
使いの男「時間だ」
晴彦「咲良様……」
咲良「大丈夫、行ってくる。あなたはここで待っていて。」
晴彦「……今夜は、雪が降るそうです……」
ぐっと拳を握りしめる晴彦。
晴彦「気をつけて行ってらっしゃいませ……」