君に伝えたい三つのこと

「あのぉ……海音くん?」
「……なに。話し掛けないで」
「ごめん。……でも、言わせてくれない? 俺、こんなには食べられないよ?」

 十二月二十四日。将成は、起きていた。
 僕はこの日、何を思ったのか大量のりんごをお見舞いに持ってきて、それを真剣にひとつずつうさぎ型に切る作業をしていた。
 こういった手先を使う作業は苦手だけれど、本当に何を思ったのか彼にりんごを剥いてあげたかったのだ。

「りんご、嫌いなのか?」
「いや、好きだけど……。さすがに五玉分は多くないか?」

 そう言って将成が皿に乗った大量のうさぎたちを見る。僕はそんな彼のことなど無視して黙々とりんごを剥いていく。
 将成は僕が気にも留めないことを察してか、苦笑したあとにうさぎを一匹食べ始めた。しゃりしゃりと食べ進める将成を見て、僕は少しだけ嬉しくなった。
 数個食べたあと、疲れたのか将成は横になってしまった。

「……今日、雪が降るみたいだよ」

 僕はこの間仕入れたネタを将成に教えた。ちゃんと今日の天気予報もチェックしているので、ほぼほぼ間違いはない。

「それは楽しみだな」

 将成は柔らかく笑った。

「……クリスマスは何が欲しい?」
「クリスマス……。欲しいものは……そうだな……」

 将成は真剣に考えていた。僕はお見舞いに持って来たりんごを全て剥き終わり、彼を見る。

(日に日に細くなっていくな……)

 透き通るように白くなる将成の肌。
 段々と細くなっていく彼の腕。
 けれど、彼の目は死んではいなかった。

「……いや、言ってもなー」
「言ってみればいいよ。ほら、言ってみれば叶うかもしれないし」
「…………かん……」
「え?」
「時間が、欲しいかな」

 僕はその瞬間、息をすることを忘れた。叶えられることなら叶えてあげたかった。
 彼にはこれからを生きる権利があるはずなのに。彼は、まだ生きているのに。どうして神様は彼のことを許してはくれないのだろうか。
 僕は悔しくて悔しくて堪らなくて、将成の顔を見ることができなかった。

「時間があれば、海音といっしょにいられるだろ? それから旅行にだって行けるし、地方の限定品を買ったり食べたりできる。時間があれば、時間があれば……って何度も思うよ」
「そう……だね」
「旅行、行ったことないんだ。近所の海水浴場だとか、動物園とか、そういうところばっかでさ。一度でもいいから……遠くに行ってみたかったなぁ」
「行けるよ、どこにだって。君なら、絶対に」

 絶対に、という言葉は麻薬だ。
 そんなことありえないのに、『絶対』は言霊となって力を持つのだ。

「そうだなあ。海音に言われると、そんな気がしてくるなぁ……」

 だんだんと部屋に小さく響いていた電子音がゆっくりと感覚を開けていく。

「どこにでも行けるなら、やっぱり、海音と行きたいなぁ」
「……えぇ?」

 僕は必死に声が震えるのを耐えながら将成の言葉に返事をする。そして僕の気持ちが悟られないように、将成の手を握る。将成は少しだけ不思議そうな顔をして僕を見た。彼の目はとろんとしていて、今にも眠りにつきそうな、そんな表情だった。

「……海音」
「なに」
「俺……俺、しあわせだったよ。……しあわせ、だったんだよ。……でも、さあ、病気には……勝てなかったぁ……」

 将成の目から涙が零れる。彼の悔しさが握った手から伝わってくる。

「未来を見ても、良かったのかなぁ。最期くらい、欲張ったって、いいよね」
「将成……」

 次の言葉を紡ごうとした時、彼の心電図が大きな音を鳴らす。
 ピー、という長くて高い音が部屋の中を駆け巡った。
 僕はナースコールを押して健さんを呼んだ。

 健さんが病室へと駆けつける。僕はちゃんと笑えていただろうか。


「……健さん……。将成が、今、眠りました……っ」


 十二月二十五日ちょうど――。
 余命宣告から半年以上、生きることを諦めなかった彼は、静かに降る雪と共に、息を引き取った。