ついに、将成が三日目の運動会に来ることもなかった。
昨日も佐央里さんとのことをメッセージで送ってみたけれど返信がなかった。体調、まだ悪いのかな。無理に返信はしなくていいよということも伝えてあるので、返信が来ることを願って待っている。
文化祭の余韻も終わり、今日は業者によって撮影された写真の購入日である。生徒たちはこぞって自分の写る写真や好きなひとの写真などを買っていた。
そんな僕も、『シンデレラ』の劇中写真を数枚買っていた。
去年の僕からは考えられなかったことだ。
将成の王子様姿のもの、僕と写っているもの、色々買った。今度あった時に渡してあげようと思っていると、携帯にメッセージが届いた。差出人は佐央里さん。なんだか不穏な空気を感じつつ、メッセージを開く。
〈――将成が倒れた〉
目の前が、真っ暗になった。
僕はそのメッセージを最後まで読むことなく、無意識に足を動かした。買った写真は教室の床に散らばった。誰かが僕の名前を読んでいるような気がしがしたけれど、今の僕には誰の声も届かない。
以前父さんが入院していた病院は、将成の通院先だったはずだ。その記憶だけを頼りに僕は走った。
病院に着きすぐに将成の病室を探す。ナースステーションで彼の名前を出して病室の番号を聞き出す。廊下を走らないで、というポスターが見えたがそんなものは無視をした。
「――将成っ‼」
僕はここが病院だということを忘れて彼の病室のドアを勢いよく開けた。そこには、佐央里さんがいた。僕の姿を確認すると流し目で将成を指す。将成は、健さんに反抗していた。
「――い、ぁ……嫌だ……っ……! はなせ……! くそ兄貴……!」
胸元を苦し気に強く掴み、息は過呼吸気味に荒れている。
「嫌だじゃない。酸素マスク用意して。吸入開始するよー」
健さんが看護師に指示し、将成に酸素マスクを着ける。将成は嫌がるも力が入らないのか抵抗し切れていない。酸素マスクが曇り始めると、段々と将成の目が伏せていく。呼吸も安定していき、彼はやっとのことで眠りについたのだった。
「……これは……」
「……あら、遅かったわね、奥村クン」
「佐央里……さん」
「……ここで話すのも、なんだし。ちょっと出ましょうか?」
僕は彼女に手を引かれ、待合スペースに連れて行かれた。佐央里さんはそこに設置されている自動販売機で買ったジュースを一口飲んだ。
「……いい機会だと思ったのよぉ。奥村クンに将成の現実を見てもらうために」
「……現実?」
「将成は嫌がっていたわ。でも、私が見てほしかった。彼の戦いを。彼の弱さを。……奥村クンになら、任せられると思ったから」
「佐央里さん――」
「――……なんだ? 珍しい組み合わせだな?」
声を掛けられた方へ視線を向けるとそこには健さんが立っていた。一番辛いのは彼の家族である健さんのはずなのに、その顔は案外清々しかった。
「佐央里、席を外してくれないか」
「……分かった」
佐央里さんは素直に健さんに従った。健さんが僕の隣に座る。手には缶コーヒーがあった。苦い香りが周りに漂い、少しだけ気持ちが落ち着いた。ふぅ、と自然と息が漏れる。健さんも同じだった。
「……この前の検査結果が思わしくなくてな、文化祭に行くなと釘を刺したんだが……どうしてもやりたいのだと聞かなくてな。無理をすれば自分がどうなるかなんて自分が一番分かっているはずなのにな。……君の為に、成し遂げたいと聞かなかった」
沈黙を破ったのは健さんだった。彼の言葉に、僕は耳を疑った。
体調が悪そうだとは思っていた。けれどそれは病気になど負けないという彼なりの意地なのではないかと思っていた。なのに、僕の為に、成し遂げたいと言ってくれたのか。
苦しかっただろうに。辛かっただろうに。彼は僕を想ってあの舞台に来てくれたのだ。僕は泣きそうになった。
僕なんかの為に、自分を苦しめて。
僕なんかを想ってくれて。
僕は泣いた。健さんの胸を借りて泣いた。
眠ってしまった将成の意識が回復するのは、それから約二か月が経った十二月一日のことだった。
昨日も佐央里さんとのことをメッセージで送ってみたけれど返信がなかった。体調、まだ悪いのかな。無理に返信はしなくていいよということも伝えてあるので、返信が来ることを願って待っている。
文化祭の余韻も終わり、今日は業者によって撮影された写真の購入日である。生徒たちはこぞって自分の写る写真や好きなひとの写真などを買っていた。
そんな僕も、『シンデレラ』の劇中写真を数枚買っていた。
去年の僕からは考えられなかったことだ。
将成の王子様姿のもの、僕と写っているもの、色々買った。今度あった時に渡してあげようと思っていると、携帯にメッセージが届いた。差出人は佐央里さん。なんだか不穏な空気を感じつつ、メッセージを開く。
〈――将成が倒れた〉
目の前が、真っ暗になった。
僕はそのメッセージを最後まで読むことなく、無意識に足を動かした。買った写真は教室の床に散らばった。誰かが僕の名前を読んでいるような気がしがしたけれど、今の僕には誰の声も届かない。
以前父さんが入院していた病院は、将成の通院先だったはずだ。その記憶だけを頼りに僕は走った。
病院に着きすぐに将成の病室を探す。ナースステーションで彼の名前を出して病室の番号を聞き出す。廊下を走らないで、というポスターが見えたがそんなものは無視をした。
「――将成っ‼」
僕はここが病院だということを忘れて彼の病室のドアを勢いよく開けた。そこには、佐央里さんがいた。僕の姿を確認すると流し目で将成を指す。将成は、健さんに反抗していた。
「――い、ぁ……嫌だ……っ……! はなせ……! くそ兄貴……!」
胸元を苦し気に強く掴み、息は過呼吸気味に荒れている。
「嫌だじゃない。酸素マスク用意して。吸入開始するよー」
健さんが看護師に指示し、将成に酸素マスクを着ける。将成は嫌がるも力が入らないのか抵抗し切れていない。酸素マスクが曇り始めると、段々と将成の目が伏せていく。呼吸も安定していき、彼はやっとのことで眠りについたのだった。
「……これは……」
「……あら、遅かったわね、奥村クン」
「佐央里……さん」
「……ここで話すのも、なんだし。ちょっと出ましょうか?」
僕は彼女に手を引かれ、待合スペースに連れて行かれた。佐央里さんはそこに設置されている自動販売機で買ったジュースを一口飲んだ。
「……いい機会だと思ったのよぉ。奥村クンに将成の現実を見てもらうために」
「……現実?」
「将成は嫌がっていたわ。でも、私が見てほしかった。彼の戦いを。彼の弱さを。……奥村クンになら、任せられると思ったから」
「佐央里さん――」
「――……なんだ? 珍しい組み合わせだな?」
声を掛けられた方へ視線を向けるとそこには健さんが立っていた。一番辛いのは彼の家族である健さんのはずなのに、その顔は案外清々しかった。
「佐央里、席を外してくれないか」
「……分かった」
佐央里さんは素直に健さんに従った。健さんが僕の隣に座る。手には缶コーヒーがあった。苦い香りが周りに漂い、少しだけ気持ちが落ち着いた。ふぅ、と自然と息が漏れる。健さんも同じだった。
「……この前の検査結果が思わしくなくてな、文化祭に行くなと釘を刺したんだが……どうしてもやりたいのだと聞かなくてな。無理をすれば自分がどうなるかなんて自分が一番分かっているはずなのにな。……君の為に、成し遂げたいと聞かなかった」
沈黙を破ったのは健さんだった。彼の言葉に、僕は耳を疑った。
体調が悪そうだとは思っていた。けれどそれは病気になど負けないという彼なりの意地なのではないかと思っていた。なのに、僕の為に、成し遂げたいと言ってくれたのか。
苦しかっただろうに。辛かっただろうに。彼は僕を想ってあの舞台に来てくれたのだ。僕は泣きそうになった。
僕なんかの為に、自分を苦しめて。
僕なんかを想ってくれて。
僕は泣いた。健さんの胸を借りて泣いた。
眠ってしまった将成の意識が回復するのは、それから約二か月が経った十二月一日のことだった。
