君に伝えたい三つのこと

 ホームルームが始まる。今日の議題は、この間決まった演劇の公演目についてだ。
 これについては様々な候補が出たけれど、最終的に『シンデレラ』を上演することになった。
 王子役は、当たり前のように天川くんに決まった。即決だった。

 王子と言えば主役だ。

 やはり、高校男児はみな王子になってモテたいと思うものなのだろうか? 僕は思わないけれど、端を見れば一部の男子たちが「キッ!」と天川くんのことを睨んでいたので、やはりそう思うひとはいるんだなと感じた。
 続いてヒロインを決める会議が始まった。
 流石に、王子役がクラス一人気の天川くんだけあり、クラスの女子たちが獣のような目をして自分を売り出していた。

(モテるっていうのも、大変なんだな……)

 僕はすでに蚊帳の外だと思い込んでいた。だから、窓の外をぼけっと眺めていた。あ、雨降りそう。そんなことを考えながら、みんなの話をなんとなく聞いていた。

「――じゃあ、奥村に(・・・)すればいいんじゃね(・・・・・・・・・)?」

 ――は?

 今、なんと? 僕を何にするつもりなんだ? その前後の話を聞き逃していたせいで、僕の頭は混乱に陥っていた。
 発言者は去年同じクラスだった男子。僕は「どうして、」と呟くと、彼は「だって去年、お前女装してたろ? 結構評判良かったし、女子で決まらないならお前がやればいいじゃん」と言った。
 いや、どういう経緯なんだよ……。僕は断ろうとした。
 その瞬間、僕は声が出せなくなった。
 ひそひそとクラスメイトたちが話す声が重なり合い、いつしかそれは耳鳴りへと変わった。
 この感覚は――母さんの葬式で感じた、親戚の陰口に似ていた。
 ぐらり、と視界が大きく揺れる。遠くで天川くんが何かをクラスメイトと話しているようだったけれど、今の僕にその会話を聞くほどの余裕はなかった。
 ガタッ、と僕は音を立てて席を離れた。今ここにいては、きっと持たないと判断したからだ。
「奥村!」と天川くんが僕を呼ぶ声がした――そんな気がした。


 廊下に出て、走ってはいけないと分かっていても、あの空間から少しでも早く遠くへ離れたかった。息が上がって辛い。パニックにも似た引き()った呼吸に、僕は過呼吸になりそうだと思った。その思考は意外と冷静で、中央階段の壁に隠れるようにして背中を預けて呼吸をとにかく落ち着かせようとした。

「――奥村!」

 天川くんの声がした。霞んだ視界の先に彼が映る。

「……大丈夫か。どうした。辛くなったか?」

 天川くんの心配する声を聞くと、胸が締め付けられる。
 辛くなったか? と聞かれて、僕はよく分からなかった。

 もしかしたら僕はあの空間にいることが辛かったのかもしれない。
 もしかしたら僕は彼らの会話が親戚とリンクしてパニックになったのかもしれない。

 もしかしたらそれは、辛い、と言ってもいいのかもしれない。

 息を整えながら、僕は縋るように天川くんの顔を見る。言葉を発せなくても、きっと彼なら理解してくれる。僕が辛いと思っていることを、天川くんは分かってくれるかもしれない。そう、思いながら、僕は息を整えようとする。
 不意に天川くんの胸元に引き寄せられる。彼に、抱き締められたのだ。

「…………大丈夫。誰も見てないから」
「…………」

 とくんとくんと優しく響く彼の心臓の音。僕はその音を聞きながら、同時に息を整える。
 少しして、落ち着いてきたので「もう、大丈夫」と彼から離れる。天川くんは少しだけ寂しそうに「そっか」と微笑んだ。

「もう戻れるか?」
「……うん」
「……あいつらな、別に奥村をいじめようとしてヒロインにしようとしてたわけじゃなくて、純粋に去年の女装が今回の『シンデレラ』にぴったりだと思ったからそう言ったらしい。女子たちの意見も、その写真見た途端満場一致だったぞ?」
「え?」
「それに……」

 天川くんが僕の頭を優しく撫でる。それはまるで子供をあやすような手振りだったので、僕は謎の敗北感を味わっていた。

「俺、すごく楽しみだ。奥村が相手役なら、すごく嬉しい!」

 ……なんて、とても嬉しそうに言うものだから、僕は引くに引けなくなってしまった。

 覚悟を決めよう奥村海音。
 クラス全体で決まったことならば僕が断る理由はない。
 それに、天川くんのサポートが近くで出来るのなら本望だ。
 僕は「分かった」と了承して、天川くんと一緒に教室に向かう。
 今年の文化祭は、なんだか楽しめそうだ。