君に伝えたい三つのこと

 ホラー映画と聞いていて、少しだけ身構えていた。
 普段の僕なら大丈夫だと思う。けれど、今のメンタルでホラーを見たら、果たして僕のメンタルは耐えられるのだろうか? それだけが不安だった。
 映画が始まる。内容としてはB級のゾンビ映画だった。
 ラブロマンスがあり。バイオレンスがあり。何故か謎解きがあり。
 本当に、B級映画だった。

(つまらない……の、か?)

 起承転結の『転』がいつまで経っても来ないまま、そのホラー映画は終わりを迎えた。
 何故健さんはこんな映画を僕たちに(すす)めたのか。全く()って、感覚が分からなかった。

「……兄ちゃん、絶対許さねえ……」

 天川くんが何やら不穏なことを言い出していたことには、目をつぶることにした。


 気づけば外が暗くなっていた。囁き声のような、雨音が聞こえてきた。
 窓は雨によって濡れ始めていた。流れるように雨が窓を伝っていく。
 その光景を見て、僕は何故だか物凄く、気分が落ちてしまった。

 今まで楽しかったのに。
 今まで楽しめていたのに。
 
 彼が来る前の、あの気怠さが僕の体に圧し掛かった。
 つぅ……。
 何かが僕の頬を伝った。涙が、ひと筋、流れた。

「奥村? どうした?」

 天川くんが僕を見る。
 今の僕は心の中が空っぽで、何も考えられない。だから、彼が何を言っているのか上手く聞き取れなかった。

「……奥村、大丈夫か?」
「…………あまかわ、くん……」

 呂律が回っていないと、それだけは理解できた。

「……大丈夫そうじゃないな。今日、体調悪かった?」

 僕はなんとか首を横に振る。
 体調が悪かったのではない、そんな気がしただけなのだ。

「そっか。疲れたな。ちょっと休むか」

 僕は首を、横に振った。
 疲れたわけじゃない。
 ただ、心の余裕がない。情緒が不安定になってしまっていた。
 心の中で、ごめん、と何度も呟く。彼に伝わっているかは分からないけれど、僕はとにかく大丈夫ということを、天川くんに伝えたかった。

 雨音と共に、耳鳴り(・・・)が聞こえ始めた。
 この時期はいつもそうだ。
 耳鳴りが聞こえ始めると、情緒が不安定になる。

 天川くんは、耳鳴りに悩まされ無意識に浅く息をする僕を見て、何かを考えていた。
 そして何を思ったのか、僕の背中に手を回し、僕の両目を、左(てのひら)で隠した。
 彼の掌の温もりに、浅くなった息も徐々に落ち着いていく。
 完全に、彼の温かさに安心しきっていた。
 それが、いけなかったのか?


『偽善者』


(――え……ッ?)

 落ち着いてきた呼吸が、逆に早まっていく。
 どくどくと心臓が鳴る。
 窓の外に、少年(・・)が立っていた。
 中学生の格好をした少年だった。
 少年は雨に濡れながら、ただ、じっ、とこちらを見ていた。

『お前が殺したんだ』

 少年は、そう言った。
 瞬間、僕は「そうだった」と少年を見た。

 少年は過去の僕であり、
 少年は僕を写す鏡であり、
 少年は、僕を咎める、自分の心だった。

 気づいた瞬間、気道が塞がれていく感覚に陥った。
 これ以上彼に心配を掛けたくないのに、僕の喘ぎ声は引き攣って治まる様子がない。

 ――ごめんなさい。
 幸せになってはいけない。
 ――ごめんなさい。
 許されない。
 ――ごめんなさい。
 ――ごめんなさい。
 ――ごめんなさい。

 荒くなる呼吸をどうにか抑えようと必死だった。
 けれど思考ばかりが冷静になっていくのに対して、体は酸素を受け入れない。
 酸欠気味の僕の体は痺れており、目の前はホワイトアウト寸前まで来ていた。

「奥村?」
「……、ごめん、なさ……、かあさん……」

 その瞬間、天川くんの顔が見えなくなった。
 意識を手放した瞬間、僕の体がソファから前に倒れた。だけど僕は床に落ちることはなかった。どうやらソファから落ちる寸前で、天川くんに支えられたらしい。その感覚だけは覚えていた。
 果てる前、僕は少年の言葉を頭の中で反芻(はんすう)した。

『偽善者』

 その言葉が、僕を暗闇の底へと(いざな)っていく。