君に伝えたい三つのこと

 肝試しの日、佐央里さんのことを少し知れて嬉しかった僕は、帰路の途中、ふと小さい頃のことを思い出していた。
 小さい頃、よく母さんが「さおりちゃんがね~」と何やら写真を眺めながら僕に話しかけていた時があった。
 そのさおりちゃん(・・・・・・)というのが、きっと佐央里さんなのだろう。

(……あ。あった)

 母さんの遺品の中に、小さなアルバムがあったことを思い出した。
 これは僕の写真ではなく、職場であった院内学級の生徒たちが写っている特別なアルバムだった。
 なんだか天川くんの秘密を覗き見ているような気がして、少しだけ罪悪感が募ったが、見たいという好奇心に僕は負けてしまった。
 アルバムの中の彼は、どの写真もあまり嬉しそうではなかった。
 沢山の管に繋がれた彼の体が痛々しく見えて、今の天川くんからは想像もできないくらい暗い表情ばかりだった。

「……今と全然違う」

 ひとつだけ、雰囲気が違う写真を一枚見つけた。
 海に行った時の写真だろうか? 彼は大きくなっていた。日付から察するに、中学生くらいだろうか。少し痩せているようだったが、今とそう変わらない、彼の笑顔が目に入った。隣には佐央里さんが不機嫌そうな顔をして写っていた。母さんは相変わらず満面の笑顔を見せていた。

「終わった……」

 この日の写真を最後にアルバムは終わった。恐らく母さんが死んでからの記録が無いのだ。僕は少しだけ哀しい気持ちになった。
 ピコン、とタイミングよく携帯が鳴る。送り主は天川くんだった。

(天川くん? なんだろう)

 僕は天川くんからのメッセージを開く。

〈奥村! 助けてくれ!〉

「――え⁉」

 助けてくれ、だなんて、彼は言わない。
 言わないから、僕は余計に焦った。
 焦った僕はどさくさに紛れて彼に電話をしてしまっていた。
 通話ボタンをタップした1秒後、天川くんとの通話が繋がった。

「ど、どうしたのっ⁉」
『え、そっちこそ急に電話……。どうかしたか?』
「そ、それはこっちのセリフ……助けてって」
『ああ! そうそう、助けてほしいんだよね――課題(・・)!』

「………………。は?」

 僕は一瞬思考が停止した。
 つまり、助けてほしい、とは……体調不良とかの「助けて」ではなく、期限に追われているので「助けて」……ということだろうか?

「……なんだぁ……」
『ん? どうした奥村?』
「っ、どうしたじゃない! 天川くんのことだから、体調が悪くて動けないとか、そういう助けて(・・・)だと思ったのに! 心配して、損した……!」
『あ……ごめん……。そういうつもりじゃ……』
「もう分かったからいいよ……。で、なんだっけ。課題?」
『そうそう! ほら、俺あんま学校行けてないじゃん? だから課題の内容がさっぱり分かんなくてさ……。奥村の教え方結構分かり易くて好きだから、助けてほしいなって』

 教え方が分かり易くて好き。

 普通に、僕は嬉しくなった。
 なんて嬉しい言葉なんだろう。教師になりたい僕にとってその言葉は、冥利に尽きるというものだ。
 仕方がない。彼のお願いだ。
 叶えてあげなければ、僕は「その日の恋人」失格だ。

「……いいよ。日にちは? いつにする?」
『んー、やるなら図書館かなあ、って考えてるんだけど……』
「図書館なら、水曜日が休館日だから……今週の土曜日はどうかな」
『おう! その日なら大丈夫だと思う! じゃあ、土曜日、迎えに行くな』
「う、うん」

 急な迎えの連絡に僕は動揺してしまった。
 土曜日の集合時間などを軽く相談したのち、僕たちは通話を終える。

(ああ……楽しみだなぁ)

 この時の僕の表情はきっと気持ち悪いほど、にやけていたことだろう。
 図書館デートまであと少し。
 それまでに僕は自分の課題を終わらせることに決めた。