君に伝えたい三つのこと

 近く開催される花火大会のチラシを天川くんに見せてもらってから、僕は自分でもちゃんと情報を集めることにした。
 この地域一帯では最大規模の花火大会で、今月末に開催されるらしい。
 今月末は僕の誕生日だ。いろんなことがありすぎて忘れていたけど、なんというタイミングだろうか。
 天川くんは知らない。僕は天川くんに知られないようにこの日を過ごさなければならない。まあ、感づかれることはないと思うけれど、その日の僕は気が気でないかもしれない。


 7月31日、誕生日。
 この日は朝からむず(がゆ)い一日だった。
 起きて部屋を出てすぐ「おはようかいくん! おめでとう!」と美魚が満面の笑みで僕に言った。そこでまた「ああ、そうだった」と記憶を呼び起こす。とりあえず「ありがとう、美魚」と美魚の頭を撫で繰り回した。美魚はそれが凄く面白かったのか「きゃー!」と喜んだ。
 下のリビングに向かえば、お母さんが「おめでとう」と言ってくれた。父さんももうすでに退院をしており――今は家で溜まっていた有休の消化中である――、リビングのソファから「おう、海音、おめでとう」と言われた。
 ありがたい話だが、はっきり、こっぱずかしい。

「ありがとう……」

 僕が朝ご飯を食べようと席に着くと、お母さんが僕のことを見て口を開いた。

「海音くん、今日のお夕飯は要らないんだったわよね?」
「あ、はい。今日は出掛けるので」
「海音、出掛けるのか?」
「うん。あの、花火大会に……友達と……」

 少し恥ずかしかったが、僕は「友達と行く」と言った。それが嬉しかったのか父さんは「そうか!」とこれまた美魚と同じような満面の笑みで僕を見た。

 少しだけ、引いた。

 待ち合わせは夕方からだったので、それまでは自室で勉強しようと引き篭もる。あまり進まなかったけれど、それでも気は少しだけ紛れた。

 夕方、花火大会が開催される神社の待ち合わせの場所に向かうと、辺りはカップルたちでいっぱいだった。
 それもそうだ。なにせ花火大会(・・・・)なのだから。いて当然だ。

「……早く着いちゃったな……」

 携帯電話で時刻を確認する。祭り自体は開催しているが、花火まではまだ一時間以上時間が空いていた。天川くんと約束していた時間よりも三十分早く着いた計算になる。遅れて迷惑をかけるくらいなら早めに着いた方が気が楽だったが、さすがにこれは早過ぎたなと反省した。

「――奥村?」

 ふと、背後から聞き覚えのある声がした。振り返ると天川くんが少し驚いたような顔をして僕を見ていた。

「天川くん」
「早いな。約束の時間までまだちょっとあっただろ」
「そ、そうなんだけど、余裕を持って来たんだよ」
「そっか。まあ、早めに合流できてよかった……」

 僕は、天川くんのことを凝視してしまった。浴衣姿だったのだ。僕と言えば私服の、なんの面白みのないTシャツにジーパンといった服装だった。
 本当に、なんでも似合うんだな、ピアノ王子は。
 僕は心の中でそんなことを呟いた。天川くんは「どうした?」と首を傾げていたが、彼には僕の心の声は聞こえていないのでなんとなくはぐらかすことができた。

「あー、おなかすいたな! ほら、早く行こう、奥村」

 天川くんは僕に向けて手を掴み引っ張った。周りの目など気にしない彼の行動に、僕は無意識に惹かれていた。


 水風船やりんご飴、金魚すくいに輪投げなど、ひと通りの祭りを楽しんだ後、天川くんが「花火が良く見える場所があるらしいんだ」と言った。

「兄ちゃんがさ、なんか知り合いの看護師から聞いたらしくて。この神社の境内にあるらしんだよね」
「へえー……」

 地元民である僕ですら知らない情報だった。もしかしたら父さんとか知っていたかもしれないが、出て行くときに聞く余裕がなかった。

「こっちこっち」

 天川くんの笑顔が月に照らされて、輝かしく見える。僕は、その笑顔につられた。
 境内にはひとつベンチがあった。天川くんがそのベンチに持っていたハンカチを敷いてくれた。

「あと一分。楽しみだな」
「うん」

 意識してしまって、天川くんが直視できない。
 きっと今の僕は顔が真っ赤になっていることだろう。

「奥村」
「なに、天川くん――」

 ドォオオーン。

 天川くんの声が、花火の音でかき消されてしまった。
 ただ、彼の表情が、あまりにも悲しげだったから。

 僕は。

 天川くんの肩を軽く掴み僕の方へ向け、その唇を、奪った。