名前を呼ぶと、既視感の正体である彼は「ぎょっ」とした目をして僕を見た。
何故あからさまに驚いた素振りをしたのか。よくは分からなかったけれど、少なくとも驚いたのなら彼は間違いなく天川くんだ。今ならそう断言できる。
「どうしてこんなところに」
「お、奥村……」
天川くんに近付くと、彼は少し困ったような顔をした。
「連絡も、夏休みに入ってからぱったり無かったから、また体調でも崩してたのかと思ってた」
これは本音。
あの現場を見たのは僕だけで、僕だけが天川くんたちのことを把握していた。
天川くんは多分、あの時、僕があの現場にいたことは知らないはず。だから、妙にその困った顔が僕の心をざわつかせた。
「いや……。体調は、うん、別に普通。心配、してくれてたんだな。ありがとう、奥村」
「あ、いや……。うん」
少しだけ気まずい空気が僕たちの周りに立ち込める。僕はその空気に耐えかねて天川くんに「ちょっと、話そうよ」と先ほどまで居座っていた公園のベンチに促した。
「……奥村、あのさ」
最初に口を開いたのは天川くんだった。
天川くんの表情は至って真剣そのもので、僕は少しだけドキッとした。
内容は何であれ、僕は天川くんの話を聞いてあげることにした。
「うん」
「あの、うーん、なんていえばいいか……。えと」
「うん」
「…………ええい、ままよ! 奥村!」
「うんっ?」
ええい、ままよって何?
と聞きたかったけれど、名前を強めに呼ばれたことでそれは遮られてしまった。
「月曜日、音楽室の前に、いたりした……?」
僕は、天川くんの言葉に、絶句した。
どう言い返せば正解なんだ。どう言えば、彼を傷付けずに済むんだ。
冴えない頭をフル回転させて導き出した答えは――
「――いたよ」
と、案外素直なものだった。
下手に嘘を吐いてしまえば、深く掘られたときに言い返せないと思ったから。素直に、そうだ、と言えば、例え彼を傷付けてしまってもダメージは少ないと思った。だから、僕は素直にそう言った。
「……やっぱりか」と天川くんが言う。きっと、そうなのではないかと半信半疑だったのだろう。それが確信となったことで、彼の目が愁いを帯びるのが分かった。
「佐央里の言った通りだった……」
「また、さおり……」
「ん?」
しまった。失言だった。僕はすぐに「何でもない」と訂正をする。こんなの、嫉妬以外の何物でもないじゃないか。それを自覚すると死ぬほど恥ずかしくなった。
「勘違い、しないでほしいんだけど、さ。俺は佐央里のこと、好きじゃないから」
「……え?」
「むしろ佐央里のことは嫌いだから。だから、それだけは、言いたくて」
「……ほんと、うに?」
うん、と天川くんが力強く頷いた。
僕は今凄く、気の抜けた顔をしていることだろう。
まさか、そんなにはっきりと彼が彼女のことを言い切るとは思わなかった。キスをしているくらいだし、彼女があんなにも嬉しそうにしていたから、少しはその気持ちがあっても可笑しくないと思っていた。
だけど、天川くんの答えは凄くはっきりしていて、その言葉が僕の心にすっと溶け込んだ。
嬉しかった。
チャンスがあると、錯覚してしまうくらいには、僕の心は舞い上がっていた。
「――ていうか、あいつのキスは俺へのただの嫌がらせだよ。あいつは俺じゃなくて、俺にちょっかいを掛けて、俺が無理やりしたって、自分が被害者なんだって兄ちゃんに思わせるための行動だから。全部」
「……どういうこと?」
「佐央里は、兄ちゃんが好きなの。俺はただ使われてるだけだよ」
長い長い夏休み。
まだ、始まったばかりの僕の恋。
好きな人から聞いた話は、僕が言葉を失うくらいには、衝撃が強かった。
「そう、だったんだ。びっくりした。だって、あんなにも天川くんに積極的になってたから、てっきり天川くんのことが好きなのかと……」
「まあ……はたから見ればそう思われるのも無理ないよな。でもほんとの話。昔から兄ちゃんの気を引きたくて引きたくて仕方がないんだよ、あいつは。最終手段が俺だったっていう話で。マジ、迷惑だよな」
「あはは……」
僕は思わず苦笑いした。他人の恋愛に思惑通りに巻き込まれたことに、してやられたと思った。
「でもよかった」
「ん?」
「あ、いや、こっちの話」
無意識に呟いた言葉を聞かれてしまったかもしれないと思った僕は、咄嗟に話をはぐらかした。きっと気になってただろうに、天川くんは「そう?」と軽く答えて、僕の呟きを詮索せずにいてくれた。本当に、優しい人だ。
そういえば、と天川くんが言う。
「……あのさ奥村」
「うん、なに?」
「もし、良かったらこれ、一緒に行かない?」
そう言って天川くんは携帯に表示した何かの画像を見せてくれた。
「……花火?」
「そ、花火。ね、行こうよ、奥村」
そこに表示されていたのは、近く開催される花火大会のチラシ。この地域一帯では最大規模の花火大会だった。僕もたまたまSNSで流れてきた情報を見掛けたことがあったし、何より気になっていたイベントだった。
「いいよ、行こう、天川くん」
この時の僕は何を血迷ったか、自覚してしまった恋心が下心に変わるのを感じていた。
顔に出ていないと信じたいけれど、上手く誤魔化しきれたかは、誰にも分からない。
何故あからさまに驚いた素振りをしたのか。よくは分からなかったけれど、少なくとも驚いたのなら彼は間違いなく天川くんだ。今ならそう断言できる。
「どうしてこんなところに」
「お、奥村……」
天川くんに近付くと、彼は少し困ったような顔をした。
「連絡も、夏休みに入ってからぱったり無かったから、また体調でも崩してたのかと思ってた」
これは本音。
あの現場を見たのは僕だけで、僕だけが天川くんたちのことを把握していた。
天川くんは多分、あの時、僕があの現場にいたことは知らないはず。だから、妙にその困った顔が僕の心をざわつかせた。
「いや……。体調は、うん、別に普通。心配、してくれてたんだな。ありがとう、奥村」
「あ、いや……。うん」
少しだけ気まずい空気が僕たちの周りに立ち込める。僕はその空気に耐えかねて天川くんに「ちょっと、話そうよ」と先ほどまで居座っていた公園のベンチに促した。
「……奥村、あのさ」
最初に口を開いたのは天川くんだった。
天川くんの表情は至って真剣そのもので、僕は少しだけドキッとした。
内容は何であれ、僕は天川くんの話を聞いてあげることにした。
「うん」
「あの、うーん、なんていえばいいか……。えと」
「うん」
「…………ええい、ままよ! 奥村!」
「うんっ?」
ええい、ままよって何?
と聞きたかったけれど、名前を強めに呼ばれたことでそれは遮られてしまった。
「月曜日、音楽室の前に、いたりした……?」
僕は、天川くんの言葉に、絶句した。
どう言い返せば正解なんだ。どう言えば、彼を傷付けずに済むんだ。
冴えない頭をフル回転させて導き出した答えは――
「――いたよ」
と、案外素直なものだった。
下手に嘘を吐いてしまえば、深く掘られたときに言い返せないと思ったから。素直に、そうだ、と言えば、例え彼を傷付けてしまってもダメージは少ないと思った。だから、僕は素直にそう言った。
「……やっぱりか」と天川くんが言う。きっと、そうなのではないかと半信半疑だったのだろう。それが確信となったことで、彼の目が愁いを帯びるのが分かった。
「佐央里の言った通りだった……」
「また、さおり……」
「ん?」
しまった。失言だった。僕はすぐに「何でもない」と訂正をする。こんなの、嫉妬以外の何物でもないじゃないか。それを自覚すると死ぬほど恥ずかしくなった。
「勘違い、しないでほしいんだけど、さ。俺は佐央里のこと、好きじゃないから」
「……え?」
「むしろ佐央里のことは嫌いだから。だから、それだけは、言いたくて」
「……ほんと、うに?」
うん、と天川くんが力強く頷いた。
僕は今凄く、気の抜けた顔をしていることだろう。
まさか、そんなにはっきりと彼が彼女のことを言い切るとは思わなかった。キスをしているくらいだし、彼女があんなにも嬉しそうにしていたから、少しはその気持ちがあっても可笑しくないと思っていた。
だけど、天川くんの答えは凄くはっきりしていて、その言葉が僕の心にすっと溶け込んだ。
嬉しかった。
チャンスがあると、錯覚してしまうくらいには、僕の心は舞い上がっていた。
「――ていうか、あいつのキスは俺へのただの嫌がらせだよ。あいつは俺じゃなくて、俺にちょっかいを掛けて、俺が無理やりしたって、自分が被害者なんだって兄ちゃんに思わせるための行動だから。全部」
「……どういうこと?」
「佐央里は、兄ちゃんが好きなの。俺はただ使われてるだけだよ」
長い長い夏休み。
まだ、始まったばかりの僕の恋。
好きな人から聞いた話は、僕が言葉を失うくらいには、衝撃が強かった。
「そう、だったんだ。びっくりした。だって、あんなにも天川くんに積極的になってたから、てっきり天川くんのことが好きなのかと……」
「まあ……はたから見ればそう思われるのも無理ないよな。でもほんとの話。昔から兄ちゃんの気を引きたくて引きたくて仕方がないんだよ、あいつは。最終手段が俺だったっていう話で。マジ、迷惑だよな」
「あはは……」
僕は思わず苦笑いした。他人の恋愛に思惑通りに巻き込まれたことに、してやられたと思った。
「でもよかった」
「ん?」
「あ、いや、こっちの話」
無意識に呟いた言葉を聞かれてしまったかもしれないと思った僕は、咄嗟に話をはぐらかした。きっと気になってただろうに、天川くんは「そう?」と軽く答えて、僕の呟きを詮索せずにいてくれた。本当に、優しい人だ。
そういえば、と天川くんが言う。
「……あのさ奥村」
「うん、なに?」
「もし、良かったらこれ、一緒に行かない?」
そう言って天川くんは携帯に表示した何かの画像を見せてくれた。
「……花火?」
「そ、花火。ね、行こうよ、奥村」
そこに表示されていたのは、近く開催される花火大会のチラシ。この地域一帯では最大規模の花火大会だった。僕もたまたまSNSで流れてきた情報を見掛けたことがあったし、何より気になっていたイベントだった。
「いいよ、行こう、天川くん」
この時の僕は何を血迷ったか、自覚してしまった恋心が下心に変わるのを感じていた。
顔に出ていないと信じたいけれど、上手く誤魔化しきれたかは、誰にも分からない。
