vino/nelle/vene

 夢がこんなにも遠いだなんて、思わなかった。

 会議をしたあの日から、プロジェクトの話題に触れることなく、時は過ぎた。

 外から、祝福を与える声がする。
(そこに自分も居たら良かったのかな…。
そうしたら、ミカとマキと離れることは無かったのかな…。)

 イベントは始まった。

 ミカとマキは、ここにはいない。
 この部屋には私しかいない。

 それが答えであり、事実だったから、受け入れるしかない。

 そう思えたらよかった。

(やっぱり、寂しいな…。)
 マナは、一つ一つ自分の感情を確認する。

(これからのこと、沢山計画してたんだけどな。
ファンの皆が喜んでくれること。
夢に近づくためにできること。
資金集めのためにできること。

いっぱい、考えてきたつもり、だったのに、な…)

 ラウンジ横にあるデスクの上に、2便の手紙が置いてあった。
 差出人は、見るまでも無かった。
 最後まで目を通せば、事務所内で留まれるはずもなかった。

「なんて」

「愚かなんだろう、私。」

「自分の感情を抑えるだけで手一杯で、不確定な先のことばかり考えてる。
 …分かってたんでしょ。
 今、大切なことは2人を送り出すことだって!」

 賽は投げられた。この手で掴んだ、腰と臍を繋ぐ命綱が物語る。
 ベランダの下へ投げたロープは舞い、重力に従って落ちていった。

 命綱を伝って降りれば、いつもとは違う、彩られた景色が見える。

(2人にとっても、大きな決断だったんだ!
…気づいてたよ。

同じだったんだ。ミカも!マキも!苦しかったんだ…。

夢を叶える方法が違う。ただそれだけ。
今更、遅い。)

 涙で視界は霞んでも、2人の姿だけは絶対にわかる。

「ミカ!」
「―ッ!!」

「マキ!」
「…ははっ!!」

「「マナッ!!!」」

「―ごめんねッ!マナ!私、本当は弱いの。ずっとッ!
マナの気持ちも分かってた!
―でも、怖かった!
 許してくれなくてもいい!
 私の勝手な行動だって!
 裏切りだって!
言われても構わない!」

 マナにしがみつきながら、ミカは発話も困難なほどに泣きじゃくる。
「―〜ッッ!!でも!
 マナにちゃんとお別れしないままだと、もっと後悔すると思ってた!
 でも!謝る資格も無いと思ったから、何も言えなかった!
 
 マナ!ここ、に、立ち会ってくれてあり、がとう。
 絶対に皆でまた活動することを諦めたりしない!
 弱い私でも、マナに見合う自分になれるように、頑張るからッ!!」

 マナは、受け止めきれない感情群の奔流に耐えきれず、嗚咽が溢れる。

「マナ。言葉足らずでごめん…。
 あの会議の後も、期限の最後の最後までずっと、迷ってたんだ。
 泉門も大事なんだ!でも、活躍もしたい!
 どちらかなんて選びたくなかった。

 だから、海外進出をすることにしたんだ。」

 マナは、驚いて目を見開く。

「進んだ先で皆と活動できると思ったし、信じたかった。
 甘い考えなのかもしれない。
 でも、いつかきっと!その日は来るって責任持って信じる。

 マナ、1人にしてごめん。色々残してごめん。
絶対に埋め合わせするから待っててほしい!
待っててくれるなら!!」

(話さないとわからないことも沢山あったんだ。)

 人知れず、決意を握った拳に力を入れる。

(諦めたくない。今は遠い夢でも、いつか絶対に叶えるんだ!)

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《何度も波を起こす水脈(vene)は、
 いつか向こう岸に到達することを夢見ている。》

《この血(vino)が望む道にこそ、生きる意味が隠されている。》

 脈をもって、血を絶やすな。
 駆け抜けろ。生まれ落ちたこの世界で。

(第0部 完)