vino/nelle/vene

[“8月” 大きく投げて、キャッチ。]


 カフェの近くには、あの人気だった〈泉門〉の事務所があるらしい。

 その事を思い出したのは、狭い川岸を渡す橋に人集り(ひとだか)が出来ていたからだった。

「ねぇ、ちょっと見て!めっちゃ美人なんだけど。」
「うわっ、ほんとだ。」

「私、知ってる。
 ヒカルって人なんだけど、いつかマナと共演するかもしれないんだってさ。」
「へぇ〜…。」


(…。え?うそでしょ?今?まじ?)

 今さっきのことだったのだ。

(さすがにそれは無い。幻覚でしょ。)

 急に現れて。

(だって、ありえない!
こんな展開…!少女漫画でしか見たこと無い!)

 心を奪われた、運命の出会い。

(ありえない。ありえない!ありえないってば!!)

 ヒカルが、目の前で剣舞を披露していたのだった。


 風を撫でる銀色の髪は、北欧で見るオーロラのように裾が緑色に広がり、全身の躍動に合わせてゆらめく。
 一糸乱れぬ舞いの中で、乱れる髪束が観客を非現実であると錯覚させる。

 序盤の緩やかな動きが中盤には一変し、上空へ投げてキャッチするという、容易ではない技へと移った。


(……。あれ?仕組みは、少しクラブと似てる?)

 新体操では、クラブという棍棒のような手具を扱うが、投げ方が似ているように感じた。

 先程までの気の動転は鳴りを潜め、冷静さを取り戻したココロは、他の観客が見逃したミスを見つけた。

 模造刀とヒカルの肩が軽くぶつかり、刃先がココロの方へと大きな弧を描きながら飛んできた。

(よっ、と。)

 真っすぐ飛んでくる刃先を静かにキャッチする事は、
リボンの扱いが得意なココロにとって、容易なことだった。

 剣舞の初お披露目は、無事終了したようだった。
 刃先が飛んだことも、他の観客には最後まで気付かれなかったようだった。

(皆の前で渡すのは、嫌な気持ちにさせちゃう。
だったら、皆がいなくなった後に渡そ。)

 ヒカルは、観客に見届けてくれたことを感謝しているようだった。
 刃先を飛ばしたことは気づいただろうが、表情には出していない。
 その澄ました表情を見て、ココロは自分の選択が正しかったことを確信する。

(そ〜っと、スタッフさんを呼んで…。)

「あ、(の…)」

(でも、直接の方がやっぱり良いかも?
大事にされたら嫌だよね…。
 うーん…どうしよ〜。)


「すみません!拾ってくださり、ありがとうございました!」

「あ、は……い!?」

(うぇーー!?本人が来ちゃったー!?)

 しまった!?と、思ったときには、もう遅い。

 川の方へと、刃先をうっかり大きく投げてしまった。


「やばっ!」

「すみません!今、取ってきます!」

 咄嗟に出てくるのは、やっぱり新体操の技だった。
 勢い良く、でも優雅に、足を前後一直線に開脚してジャンプする、ターンジャンプ。
 しかし、タイミングが合わない。

(今度こそ!)

 その場でパッセターン。
やっと刃先を掴んだ。

「よし!」
(キャッチできた!)


「!?あぶない!」

 急に後ろ手をグイッと引っ張られる。

「大丈夫ですか?」
「!?!?」

 引っ張られた反動で近くなった距離にココロは耐えきれず、
パニックになった。


(!?!?どうして?? てか、ち、近っ)

「し、失礼しましたーー!!!!?」
「あ、ちょっと待ってくださ…!」

 制止する声も聞こえない。
 普段の練習で高めた基礎体力をフル活用して、
カフェまで真夏の全力疾走をするのだった。

 当然、顔は真っ赤だった。

…続く…