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[“6月” 照らす旭日と水面下]

 待ちわびた観客のもとへ、マナが現れる。
そうすれば、たちまちフィクションの世界に引き込まれて、時間も忘れて夢に浸る世界が生まれる。

 いつなのか?なぜなのか?どこなのか?誰なのか?
 そのような疑問は、眼前に広がる世界を前にすれば、
些細なものとして受け入れざるを得なくなる。

 それほどまでに、この世界は“創られている”。
 そして、この世界の“統治者”は、マナであると、
誰もが思うのだった。

(正直、こんな凄まじいパフォーマンスを魅せる人に、
自分ができることは、何も無いのではないかと思う。)

 しかし同時に、活動を維持するためにマナが行っていることは、膨大であるという事実を考え、思い直す。

(でも、ずっとこの世界を見ていたい。
だから俺は、この人と、この世界を支えなければならない。)

 今日も素敵な世界だ。

 ずっと夢を見ていることは、容易ではない。
 でも、この夢の世界だけは、守る。

 ―ある評論家は語った。

 『泉門』で舞う者を、“踊り子”と例えるならば、
 『泉門』を支える者は、“守子(もりこ)”である。