マナという名の人物は、有名な“踊り子”集団である
『泉門』というパフォーマンス集団のメンバーの一員だった。

 “ディス”という名で活動し、仲間の“ネプトゥヌス”や“ユピテル”と共に、ローマ神話の神々に準えた名で活動していた。
 ローマ神話の神々に着目したきっかけは、単純なものだった。

「ねぇ、マナ。このワインに使われているブドウって、
ヴェネト州産なんだってさ。」

「ヴェネト州って確か、ヴェネツィアが属する地域だっけ。
水の都って呼ばれてる、あのヴェネツィア!
 一度でいいから、行ってみたいんだよな。」
「確かに!私も行ってみたい!」

 ネプトゥヌスこと、ミカが良いことを思いついたと言わんばかりに、目を輝かせる。

「そうだ!
 折角なら、私たちの活動の一環で、イタリアに行きたくない!?
 私たちは、いつか海外進出するつもりだし!
 そういえば、マキはイタリア出身だったよね?
 マキのご家族にも挨拶できちゃうかも!

 ね!?いいと思わない!?」

「あ、ああ、そうだね!
 挨拶は、いきなりだと流石にびっくりさせると思うけど、喜んでくれると思うよ。」

 若干、気圧されながら、ユピテルこと、マキが同意する。

 この話をきっかけに、イタリアの文化やローマ神話について学んでは盛り上がり、活動名として意識するほどに、海外進出の夢は膨らんでいった。

 やがて、『泉門』というグループ名に決まり、継ぎ接ぎのように噛み合った、息ぴったりのパフォーマンス集団へと成長した。
 全国で旅をし、パフォーマンスを披露して経験値を積んでいけば、次第に集客人数は増えていき、名が通るようになっていった。


「うーん。足りないな…。」
 しかし、海外進出するほどの余裕は無かった。
 飛躍的に事業を成長させる方法を考えては、見つけられず、現状維持が精一杯であった。

 経理を担当しているマナは、力不足を痛感していた。

「まだ遠い、か。」

 ふと意識を逸らすと、スタッフたちと協力しながら、手分けして次の公演に向けて準備をしていたミカとマキの声が聞こえてきた。

「ねぇ、また落としてるよ?」
「え?あ、ほんとだ。」
 足元に小道具を落としてしまっていたようだった。
 ミカの口振りからして、一度や二度のことでは無かったのだろう。

「マキって、そういうとこあるよね。
 舞台上では、個人の剣舞からペアダンスまで完璧で、まるで【全能】の才を持っているようだ、なんて言われてるのに。」

「いやあ、参ったな。はは。」
「もう!いつもそうやってはぐらかすんだから!」

「でもミカだって、軽やかなステップで魅了する姿は、まるで【海の妖精】。
 地上でも浮力が働いているようだなんて言われているじゃないか。」

「それとこれとは別!褒めてもだめ!
 今は、マキのおっちょこちょいをどうにかして欲しいって言ってるの!…」

 ミカに小言を言われるマキを少し憐れみながら、目に映ったネットニュースを眺める。
 ユピテルとネプトゥヌスの名に相応しい“踊り子”として、
マキも、ミカも、活動当初よりも、表現力に磨きがかかっている。
 マナも、【冥府に指す陽光】などと形容され、ディスの名に恥じない“踊り子”になってきた。
 自惚れではなく、客観的な目で見ても、同様の評価を下されることだろう。

 しかし、グループ一丸となって成長できた理由は、技術の向上によるところだけではない。

 SNSで宣伝活動を行い、全国各地で場所を提供していただけるように交渉し、届出を申請したり、不自由なく活動できるように何でも行ってきた。
 こうした地道に行ってきた信頼関係が、いつかグループの後押しとなる。そう信じてこの5年間活動を続けてきた。

(きっと、これからもやることは変わらない。
でも、だからこそ、何か新しいことをした方が良いのではないかと焦ってしまう。)

 このままで良いのだろうか。どこかで行き詰まってしまうのではないだろうか。
 もし、活動できなくなったら、『泉門』は、解散…。

(!!これ以上は、良くない。
そう。まだ作業は終わっていない。集中しなくては。)
 
 まだ駆け出しの身である。いつかは叶えよう。それがたとえ何十年先であっても。

 そう心を落ち着けながらまた事務作業に没頭する。