クロには敗北した。

 まあ、1匹程度……たいした問題じゃない。背負ったリュックはそこそこ重いが、まだ余裕はあるし、詰め込めば何とかなる……だろう、たぶん。

 それよりも無事に時間通り、森田さんのところへたどりつけるだろうか。
 そう考えた直後、僕は歩みを止めた。

「……お前もか」
 
 僕の家と駅前のちょうど真ん中くらいにある友達の家の前。
 その飼い猫『ミケ』が立ち——はだかってはいない、歩道に鎮座していた。
 両前脚を体の下にしまいこむ、いわゆる香箱座りをして。

 その名のごとくメスの三毛猫で、くりっと大きな瞳が特徴的だ。クロとは別のトトトトト、という連続猫キックが必殺技だ。もちろん、これも僕だけにしかしない。

 やたらとギラギラとした視線を投げてくる。

 ——遊ぶのか? 遊ぶのだな?

 と問われているようだ。
 僕は首を振る。

 ——遊ばない、と返したつもりなのだが、まったく伝わっていないようだ。伸びをして立ち上がり、そのまま僕に飛びかかってくる!

「今度こそ、させるかぁっ!」
 
 ミケのジャンプをひらりと避ける。いつもミケは右からくるのを知っているのだ。今日こそは僕の勝利にしてやる!

 けれども、ここでまさか、背後のクロに裏切られるとは思わなかった。いや、もともと味方ではなかったが。

 クロはリュックに入ったまま、僕の髪の毛をその爪でがり、とひっかけてきた。気を持っていかれ、思わず振り返る。

 油断した。
 ミケ、ミケはどこだ。
 慌てて周囲に視線を向ける。

 いつの間にかミケは僕の背後に回り込んでいたらしい。クロが入ったリュックはぽっかりと口を大きく開け——そのまま、ミケまですっぽりと入り込んでしまった。

「ミケまで!?」

 2匹とも追い出そうと試みた。けれども駄目だ、トトトとタタタの連続技で、まったく追い出せそうにない。それならばとリュックをさかさまにしようとしたが——手が止まった。さすがにそれは可哀そうだ。

 しぶしぶ僕はリュックを背負いなおす。
 
 クロもミケも、2匹とも幸せそうに『にゃーご』と鳴いている。まったくもって腹が立ってくる。

 とにもかくにも、僕は待ち合わせ場所に向かうべく、再び足を踏みしめた。