猫店長が変身できないままに月日は流れた。
部局事務からは『年度末の会計処理について』のお知らせが、鬼のように届くようになった。
いついつまでに旅費申請は済ませるようにとか、予算を使い切れない財源はいついつまでにああしろこうしろ、年度をまたぐ学会大会出張の場合はいついつまでのうんぬんだ。
締め切りの羅列に「脅し?」と心春は身体を震わせた。
ひとつひとつの締切に意味があり、その意味を理解するほどにその締切が重要だと気が引き締まる。それが数個ならまだいいが、十個近くなってくると、優先順位をどうつければいいかな、となにがなにやらわからなくなってくる。
ひとつの通達文書を読み解いている間にも、新しい通達メールが続々と届く。
「わあん、もう無理」
心春は終業直後に居室を飛び出し、吾輩カフェへ駆け込む毎日だ。
猫店長が変身できなくなったと知った日に見た茶トラ猫。その子猫も入口扉近くの椅子で我が物顔でうずくまっていた。声をかけても無反応だ。
猫店長もまた、そんな茶トラ猫が目に入っていないような素振りだった。無反応の茶トラ猫にしょんぼりする心春へ、猫店長はのんびりとした声をかける。
「心春が大変なときに、グラタンを作ってあげられなくてごめんね」
「いいよ。変身できなくてもどかしいのは猫店長の方だし」
返しながら、猫店長の声色から、それほど困っていないのかな、とも思う。だったら、と心春は甘えた声になった。
「その代わりといったらなんですけど、いつもより多めにモフモフさせていただけたらー」
えー、と不満そうな声を出す猫店長ににじりより、心春は猫店長の背中へ頬ずりをする。ふわふわ、くすぐったい、気持ちいい。目を閉じて思いっきり猫店長の背中の匂いを吸った。
「猫くさーい」
「……猫なんで」
「いい匂いー」
「変態ですか」
「落ち着く匂いだよー」
うっとりと心春は猫店長の背中へ顔をうずめる。
「心春、重いし」
「だって落ち着くんだもん。ずうっと嗅いでいたいくらい」
「そんなに?」
うん、と猫店長の背中へ顔をうずめたままで返事をする。
猫店長のグラタンは最高だけれど、こうして猫店長とモフモフしているのも、グラタンを食べるのと同じくらいにリフレッシュできる。
「そっかあ……。猫の僕は落ち着くのかあ……」
猫店長はなんどかそうつぶやいたあとで、ポロリと続けた。
「だけどね。実は僕、ただの猫じゃないんだよ」
「え?」
「『猫又』なんだよ」
部局事務からは『年度末の会計処理について』のお知らせが、鬼のように届くようになった。
いついつまでに旅費申請は済ませるようにとか、予算を使い切れない財源はいついつまでにああしろこうしろ、年度をまたぐ学会大会出張の場合はいついつまでのうんぬんだ。
締め切りの羅列に「脅し?」と心春は身体を震わせた。
ひとつひとつの締切に意味があり、その意味を理解するほどにその締切が重要だと気が引き締まる。それが数個ならまだいいが、十個近くなってくると、優先順位をどうつければいいかな、となにがなにやらわからなくなってくる。
ひとつの通達文書を読み解いている間にも、新しい通達メールが続々と届く。
「わあん、もう無理」
心春は終業直後に居室を飛び出し、吾輩カフェへ駆け込む毎日だ。
猫店長が変身できなくなったと知った日に見た茶トラ猫。その子猫も入口扉近くの椅子で我が物顔でうずくまっていた。声をかけても無反応だ。
猫店長もまた、そんな茶トラ猫が目に入っていないような素振りだった。無反応の茶トラ猫にしょんぼりする心春へ、猫店長はのんびりとした声をかける。
「心春が大変なときに、グラタンを作ってあげられなくてごめんね」
「いいよ。変身できなくてもどかしいのは猫店長の方だし」
返しながら、猫店長の声色から、それほど困っていないのかな、とも思う。だったら、と心春は甘えた声になった。
「その代わりといったらなんですけど、いつもより多めにモフモフさせていただけたらー」
えー、と不満そうな声を出す猫店長ににじりより、心春は猫店長の背中へ頬ずりをする。ふわふわ、くすぐったい、気持ちいい。目を閉じて思いっきり猫店長の背中の匂いを吸った。
「猫くさーい」
「……猫なんで」
「いい匂いー」
「変態ですか」
「落ち着く匂いだよー」
うっとりと心春は猫店長の背中へ顔をうずめる。
「心春、重いし」
「だって落ち着くんだもん。ずうっと嗅いでいたいくらい」
「そんなに?」
うん、と猫店長の背中へ顔をうずめたままで返事をする。
猫店長のグラタンは最高だけれど、こうして猫店長とモフモフしているのも、グラタンを食べるのと同じくらいにリフレッシュできる。
「そっかあ……。猫の僕は落ち着くのかあ……」
猫店長はなんどかそうつぶやいたあとで、ポロリと続けた。
「だけどね。実は僕、ただの猫じゃないんだよ」
「え?」
「『猫又』なんだよ」

