生まれ変わっても日向はお人好しでおっちょこちょいで、でも、頑張り屋さんだった。
 いつも真っすぐで、僕のことをとても気に入ってくれた。
 僕が猫から人間の姿に変わっても、人間の言葉を話しても、怖がったりはしなかった。
 ただ──僕のことはわからなかった。
 僕はひとめで日向だってわかったのに。

 心春の脳裏にも日向の『生まれ変わり』が映った。
 顔立ちはぼんやりしていてよくわからない。それでも物腰はやわらかく、気配り上手な人だとわかった。明るい笑い声も店内に響く。そんなことは猫店長が店をはじめてからはじめてのことだった。
 そんな彼女へ猫店長は心からの笑みを向けているようだった。
 猫又仕事合間に来店する又治も「兄ィ、あからさまですよ」と呆れた声を出していた。

「おいらを見る目とぜんぜん違いますよ。せっかく来たのに、少しは嬉しそうにしてくださいよ」
「取り立て屋に愛想をふりまく趣味はないからね」
「『猫』聞きの悪いことを。これは正規料金です。兄ィの代わりに持ってきたんですよ。文句があるなら自分で猫又更新ライセンスを取りにいってください」
「ここを離れるわけにはいかないからなあ」
「またそんなことばっかりいって。ちゃんと仕事もしてくださいよ。このエリアの化け猫出現率があがっているって、本部で問題になっていますよ」
「おかしいな。遠隔操作で処理していたんだけどな。別エリアのと情報が混ざっているんじゃないか? お前さ。ちょっと本部に再調査依頼してきてくれよ」
「……とことん、ここを動く気がないんですね」
「しょうがないだろう? 僕がここを離れたら、誰が彼女の相手をするんだい?」

 又治への言葉どおり、猫店長がこの場所を離れることはなかった。
『生まれ変わり』がお腹をすかせていれば、快く厨房に立つ猫店長。『生まれ変わり』に聞こえない程度の小さな声で鼻歌をうたい、器用にフライパンを揺すっていく。
 しんなりとした玉ねぎに小麦粉をからめ、そっと牛乳を注いでベシャメルソースを作っていく。猫には毒の玉ねぎも、スペシャル猫又にとってはなんのことはない。
 
 美味しいっていってくれるかなあ。もうちょっと塩味が強い方が好みかな。最後にシナモンパウダーをかけたほうがいいかな。それともあらびきコショウかな。

 いそいそと肩を揺らしてできあがっていくのは──あつあつのグラタン。

 それを『生まれ変わり』が美味しそうに頬張っていく。
 猫舌の猫店長は味見ができない。どんな味に仕上がったのかわからない。それでも彼女が喜んでくれたことから、それが大成功だとわかる。
 よかった──と猫店長が満面の笑みになる。虚ろだった猫店長の胸はみるみる豊かになっていった。
 それはとても喜ばしいことなのに。あんなに待ち望んだ『生まれ変わり』さんに会えて、やっと猫店長の努力が実を結んだのに。心春は猫店長の背中でキュッと唇をむすぶ。

 ……この気持ちはなんだろう。
 もやもやして、重くて、嫌な気持ちでいっぱいになる。
 猫店長が『生まれ変わり』さんにほほ笑むたびに、『生まれ変わり』さんがそれを嬉しそうに受け取るたびに、もやもやは大きくなっていく。
 これ──知ってる。……嫉妬だ。

 だって、と心春は鼻をすする。
 ──猫店長、あったかいんだもんなあ。グラタンだけじゃなくて、モフモフのお腹だけじゃなくて、ぷにぷにの肉球だけでもなくて。一緒にいると嫌なことを全部忘れられるくらいにあったかいもの。
 ……そっか。『生まれ変わり』さんが現れたのか。じゃあ……もうお店へいくのは迷惑かなあ。
 鼻先が熱くなる。喉の奥も熱くなる。心春はいっそう強く口をむすんで叫び出すのを懸命にこらえる。かわりに胸で続ける。

 いいなあ、『生まれ変わり』さん。
 わたし、その『生まれ変わり』になりたかったなあ。

 猫店長の思いのなかで『生まれ変わり』が「じゃあまた来るね」と店玄関ドアへ手をかけた。猫店長は笑顔だけれど、ほんの少しの離れも淋しいようで隠したしっぽがだらりとさがっていた。
 今度はいつ会えるかな。すぐに来てくれるかな。明日も来てね、っていったら彼女を困らせちゃうかな──。
 猫店長の切ない思いが心春の胸にも迫る。
 猫店長の視線が『生まれ変わり』の顔をとらえる。
 あいまいだった彼女の顔。そのフォーカスが徐々に合っていき──心春は息を止めて目を見張る。

 そこに立っていたのは、心春自身だった。