ふわっと身体があたたかくなった。
 なんだろう──。そう思ってうっすら目を開けるともふもふの背中が見えた。
 ……猫店長? 大きくなったの? それともわたしが小さくなったの?
 どちらかはわからないまま猫店長に背負われて、心春はゆっくりゆっくり移動していった。雪を踏む猫店長の脚音が聞こえた。ひどい風なのに猫店長の周りにだけ空間があるかのように風が曲がっていく。雪も猫店長の頭の上をくるくると旋回するだけだ。
 身体に力が入らず、心春は猫店長に背負われるままだ。ふわふわの毛が頬に当たる。猫店長が一歩進むたびに背中が小さく揺れて、よりいっそう猫店長のあたたかさが顔に伝わってきた。
 そのぬくもりとともに──猫店長の思いも伝わってきた。

 日向が──逝ったのも、こんな吹雪の夜だった。
 右も左もわからないくらいの暴風雪。真冬の爆弾低気圧だ。
 僕がいなくなって、ずっと家の中にいたのに、──僕がつけていた鈴の音が聞こえた気がする──、そんな思いに囚われて外に飛び出したらしい。
 そこに視界不良の乗用車が突っ込んで、日向はあえなく散ったという。

 ──兄ィのせいじゃないですよ──。

 又治はくどいくらい、そう前置きしてからこの日向の事故を教えてくれた。
 だけど、すまない、又治。どこをどう考えても──僕のせいだ。

 僕がいたら、日向はそんな無茶をしなかったのに。
 僕が見えたら、その鈴は僕じゃないって伝えられたのに。
 僕がそばにいさえすれば──日向を悲しませなかったのに。
 ごめん。ごめんね、日向。
僕がもっと長生きしていれば。僕がもっと早く猫又になっていれば。僕がもっと、もっともっともっと──。
 
 ──なのに。
 僕はいま、心春まで同じ目にあわせようとしている。
 そんなこと、絶対にさせない。たとえ僕がどうなろうとも、僕は絶対に心春を守ってみせる。

 血が噴き出しそうなほど猫店長の強い決意。それを感じて心春の身体も熱くなる。
 ごめん。ごめんなさい。わたしが迂闊だったから。猫店長を危険な目にあわせちゃった。悔やみながらも胸の奥がチクッと痛む。ここまで猫店長に思ってもらえる日向さんが、羨ましい。ううん、それ以上──ちょっぴり妬ましい。それから苦しい。
 ああもう嫌だなあ。わたしは嫌な女だなあ。

 心春の涙が頬を伝った。それがポトリと猫店長の背中へ落ちる。
 それがきっかけのように、怒りにも似た猫店長の熱い思いは穏やかなものへと変わっていった。まるでほほ笑んでいるように、柔らかい気持ちが心春へ流れ込んでくる。

 日向に間に合わなくて、途方に暮れて絶望して。
 それから僕は──店を出したんだ。
 日向が好きだったカフェメニューとフードをそろえて、『生まれ変わった』日向に会うために。何十年、何百年と待つ覚悟だった。

 最初は見様見真似だよ。
 そもそも僕自身はカフェに入ったことはなかったからね。日向から聞いた話を思い出し、日向が好きそうなメニューをそろえて、日向の『生まれ変わり』が立ち寄ってくれそうな店構えにしたんだ。
 人間の客はほとんど来なかったなあ。
 ときおり猫又仲間や又治が来るくらいだ。「一途がすぎますよ」っていつも又治は嫌味をいっていった。お返しに試作メニューの毒見をさせたりしていたよ。『生まれ変わり』はどんな味が好きだろう。甘味抑え目かな。がっつり甘いほうがいいかな。
 あれこれ考えるのは楽しかったから、ちっとも苦じゃなかったなあ。

 そして何十年もたったある日、やっと『生まれ変わり』が現れたんだ。