「見かけたら、職員室に来るように伝えてくれんかな」
「は、はい、伝えます……!」
 教頭は立ち去り、廊下の足音が遠ざかった。なんとかしのげたみたいだ。
「立石、もう行ったよ」
 ホッとして振りかえり、声をかける。すると灯台もと暗し。立石はおれの足もとで、すやすや寝ていた。
 おいおい、なんだよ。あきれたヤツだな。寝られる状況じゃなかっただろ。どういう神経をしてるんだ、コイツ。
「おい、起きろって」
 肩を揺すろうとつかむ。
 立石の口がムニャムニャ動いた。

「……先輩……好き……だ……」

 ——時間が止まった。

 鼓動が一瞬で跳ねあがり、頭が真っ白になる。
「えっ……?」
 血液がドーン! と逆流し、おれのほっぺに全部集まったんじゃないかと思えるくらい熱くなった。
 これは寝言。寝言なんだ。夢の中の誰かへの言葉だ。そう理解したいのに、脳がまともに機能してくれない。
 おれは動くことも、何もできずに、立つことしかできなかった。心臓の音が全身にドクドクと広がっていく――。
 そうして固まっていると、立石がぱち、と片目を開けた。
「……あれ、帆高先輩? どうしたの?」
 からだを起こし、その場であぐらをかく。何も知らない無邪気な笑顔。
おれはパッと顔をそらした。
「なっ……なんでもないッ! さっさと帰れよ!」
 心臓がまだ落ち着かない。ドクンドクンと言ってる。
『……先輩……好き……だ……』
 あれはきっとおれのことじゃない。立石みたいにモテるやつでも、誰か好きな女子がいたっておかしくないじゃないか。
 なのに、なんでこんな泣きたい気持ちになっているんだろう。
 おれは奥歯をかみしめて、淡い期待を捨てさろうと努力した。