――ふと。ごく自然に、立石の目がまだ描きかけのキャンバスにいった。薄茶の瞳が大きくなった。
「これ、すげーな。すごいキレイな青じゃん……!」
「えっ、えっ?」
「テーマは、なんなの? あるんだろ?」
 急に問われて、言葉につまった。
 こういうときのために、自分のなかに用意しておいた言葉があったのに、見事なまでに空中分解していくのをハッキリと感じた。
 どうして、おれって、こんなに不器用なんだろう。けど、自分の作品が褒められてうれしかった。
「あ、ありがとう。でも、まだ途中なんだ」
 だから、ボソボソお礼だけ言っておいた。
「え、このレベルで?」
「うん」
「もう完成したもんだと思ってた」
 すると立石は、うつむいて考えこみ、何かを思いついたように口をひらいた。
「なんかさ……帆高先輩の絵って、おしゃべりだよな」
「へ?」
「だって、普段の先輩よりぜってーしゃべってるもん、この絵。なんか伝わるもんがあるよ」
 本当にそうなんだろうか。そうだとしたら、めちゃくちゃ恥ずかしいじゃん。
「そ、そんなこと……」
 恥ずかしくなって口ごもったら、笑われてしまった。
「わ、笑うなよ」
「かわいかったからさ、つい」
「男が、かわいいなんて言われても、うれしかない」
「……ごめん」
 立石の右手がスッと上がり、おれの耳に触れてくる。じっと見つめてくる瞳。
 何されるんだ?
 わけがわからず、目を丸くしていたら。
 そこへ——。
「おい、きみ! 立石くんを見なかったかね!」
 ぎっくーん!!
 美術室の扉が開かれ、教頭が顔をのぞかせたんだ。やばい!
「し、知りませんけど!」
 おれがとっさに答えると、教頭は「そうかね……」と美術室のなかをぐるりと見回した。おれは直立不動のまま、立石がいたとなりをチラ見した。きっとうまく隠れたのだろう。すでに姿がなかった。