おれは美術室で、コンクールに提出用の作品に取り組んでいた。
 絵を描いているときが、いちばん落ち着く。誰にも邪魔されず、色と線にだけ集中できる時間。キャンバスに向かっているときだけは、自分が地味だとか、他人と馴染めないだとか、そんなことが気にならなくなるんだ。
 そんな最中だった。ガラッ。突然の訪問者に手が止まった。
「帆高先輩っ! た、助けて!」
 息を切らした立石が飛びこんできたのだ。おれは絵筆を手に持ったまま、ポカンとした。 
「なんだよ、急に……? どうしたんだ?」
 いったい何をやらかして、ここまで逃げてきたんだろう。まったく見当がつかない。
 立石の息が整い、話せるようになるのを待ってたずねると。
「いや……その……雑巾でキャッチボールしてたら……教頭の顔に、ね……」
 思ってもみなかった返答だった。
「はあ!?」
「つまりさ、当てちゃったから逃げてきたんだよね」
 立石は長めの前髪をかきあげながら、苦笑混じりに言った。
「当てちゃった、じゃねぇよ。ぜったいまずいだろ」
 ここにはおれと立石の二人しかいないのに、知らずに声が小さくなった。というのも、うちの教頭はかなりしつこい性格で、お説教も長いからだ。見つかったら最後だ。
「だからさ、ほとぼりが冷めるまで隠れさせてよ。ここまで、さすがに来ないだろうし。絵を描くジャマしないから」
 まったく、次から次へと、何を言いだすんだ。風変わりなことばっかだ。ほんとに油断ならない。
「しょうがないな……。どっか机の陰にでもしゃがんどけ」
「さっすが、帆高先輩。サンキュー!」
「おだてたって木に登らないからな」
 おれは軽くにらんでやった。
「ハハッ、そんなんじゃねーよ」
 立石は息を吐きだすように笑った。言ってるそばから、ちっとも反省してないみたいだ。
「おれのジャマするなよ」
「わかってるって」