立石は悪びれる様子もなく、首をかしげる。
「え? だって、自分のものには名前を書いとくもんだろ?」
「……どっからツッコめばいいんだ。おれは物じゃない!」
「おれの“先輩”だろ? 同じ高校じゃんか」
「そ、そういう問題じゃなくてだな……」
 はあ、と息がもれる。
「体育で着替えるときどうするんだよ、これ……誤解されるだろ……!」
 おれがおまえのこと、めちゃくちゃ好きみたいじゃん!
 本気で怒っているのに、立石はまったく堪えた様子がない。
「まあ、いーじゃん」
 むしろ、うれしそうなくらいだ。
 けど、心のどこかで、こうして絡んでくれるのが、少しだけうれしい自分がいたりする。おれなんか、立石みたいな人気者には縁がないと思っていたのに。
 だから深入りしちゃいけない。気持ちがどんどん救われていきそうで危ない。考えるだけでも、頭がおかしくなりそうだった。
「おまえ、もう帰れよ。空手あるんだろ」
 いつまでもくっついている立石をベリッとはがし、美術室のドアの方へと押しやった。
「わかった、帰るよ。また明日な、先輩」
 立石はひらひらと手を振って去っていく。
 その背中を見送りながら、おれは目深に眼鏡を押し上げた。

 ……ほんと、なんなんだ。あいつっていう人間は。