「なっ、何すんだよ?」
「手をだして、って言ったろ?」
 あー、ひょっとして、さっきのアレ? ただの幽霊のマネだと思ってた。でも、なんかたくらんでいそうで嫌だ。
「やだよ」
 と言って手を引っ込める。
「んー? そんなこと言わないでさ」
「やなもんは、嫌だ!」
 再びおれに向けてきた手をパシッと払いのけた。
「これ以上やったら、髪の毛ひっぱってやる!」
「あっ、そう。じゃあ、いいや。やめとく」やっとあきらめてくれたか――と思ったら「じゃんけん、ホイ!」
 条件反射で思わずグーをだす。やつの手はパーだった。
「あっ……」
 やばっ! 気づいたときには、すでに遅し。
「つかまえた!」
 立石に右手首をむんずと握られてしまっていた。
「おい、離せって!」
 暴れて抵抗しようとしても、強い力で押さえつけられ、びくともしない。そうだ、コイツ空手の有段者だった!
「このバカ力!」
 非力なおれは、ののしることしかできない。
「まあまあ、落ち着いて。すぐ済むから、痛くないですよ〜」
 予防接種を嫌がる小さな子をあやすみたいに言いながら、やつがポケットから取りだしたのは、黒の油性ペンだった。え、まさか。
「ちょっと待て、って!」
 わめくおれを無視して、立石は口を使って油性ペンのフタを外した。ポンッ。小気味よい音が雨音のなかで響く。
 ペタッと二の腕に冷たい感触。ツーッとインクの線が走り、やつは二の腕のど真ん中に自分の名前を堂々と書き始めた。
「あ~っ!!」
「はい、できた! おれのサイン!」
 うれしそうにニッと笑う立石。
「なっ、何してんだおまえっ! なかなか消えないんだぞ、これ!」
「だから、見えないところに書いた」
「そうじゃなくて!」